ティボーを聴きながら

Jacques Thibaudという人と奏でるオーケストラは実に素晴らしい。1925年から1953年までの間のHMVにて電気録音された音源を再生すると、その音色の香りに引き込まれる楽しさがある。デジタル云々言う前に、素晴らしい演奏があるべきだ。と、同様に、聞き手の怠慢を嘆くより、語り手の下手を悲しむべきだ。そう思い、日々努力を重ねるが、悲しいかな、生まれついての才能が無いという点が大きく、空しくなるばかりである。

それでも努力は身を助ける部分が必ずある。世間は分かってくれないなどと言ったとしたら、それは単純に努力が足りないだけである。誰でも努力は必ず実る。実ったら、それは努力したということであって、実るまでこつこつと必死に成すだけだ。自らが素晴らしいと感じたところにはきっと到達できる。そんなものだ。

Jacques Thibaudはバイオリニストの父を持ち、3歳からピアノを習い始め、5歳にしてバイオリンこそ自らの進む道と心に決めて、様々な音楽を学び今にその名を残す人となった。Fritz Kreislerと異なり、バイオリンがオーケストラと共にある学期になった後の演奏スタイルであり、現在のバイオリニストの原型とも言える演奏スタイルだから、今の方々にも違和感がないのではないか?

世の中はどんどん変わる。新しい音楽もどんどん出てくる。FMラジオからはそれらが垂れ流されてきて、おやっと思う楽曲を楽しめば良いという素敵な時代になっている。それも良いのだが、気に入った楽曲をお金を掛けて楽しんでも罰は当たらない。今日、無理やりの講演があるが、そのプレゼンを作りながらというか、音楽を聴きながらプレゼンを作ったのだが、はてさてそんな音色が伝わるのか、自ら、楽しみである。