段々と梅雨入り前のじめっとした暑さがやってきましたな。結構、体力を奪われる。こまめな水分補給を心掛けたいが、それも実現不能になることがしばしば。当たり前と言えばそうだが、健康を気遣いながら職務を遂行できるであろうリモートワークという状況は、現代においてかなり正しい姿だと思う。そのためには「紙」の書類の完全除去が達成されなければならない。紙を何年か保存しないといけないみたいなルールは即座に改廃せねばならぬ。
それこそ全国的に一斉挑戦みたいな流れにならないと、これは実現不可能な雰囲気があるのですが、雰囲気だけで、実際にはやれるはずである。これまたしょっちゅう、プレゼンで言っているのだが、1925年7月17日に九州を除く日本中の鉄道の連結器が、一夜にして一斉に変わった。そりゃぁ、連結器なんだから一斉に変わってくれないと、繋がらない客車だらけでは話にならないですからね。細かいことを言いたいわけではない。やれば出来るのですよ。出来ないのはやらないからである。
面倒ですからね、変えるのって。でも、データベースに乗る形にデータが扱えれば、助成金の学生さん達への配布手続きで、窓口担当の方が倒れるなんてことにはならないのではないのか?様々なところで同様のことが起こっている。仕事を残して欲しいから紙の仕事を無くさないで欲しいなどという考えは間違いである。人がしなければならない仕事は山ほどある。いや、山ほどに大きく険しい仕事を皆でなんとかするという行為だけが残るのだろう。
学び続けなければならない。卒業という単語は無くなってしまうのかも知れない。そんな時代に突入しているのだと実感している。忙しいから学ぶ時間が無いというのであれば、その環境は変わるべきだ。忙しいという字は『心』を『亡くす』と書く。心がお亡くなりになっているようでは、人の為にお仕事が出来ないでしょ。事務のお仕事において紙が無くなった時、猛烈に世界が変わるのでしょう。そんな日を見てみたい。ゼロから始まる。そんなところだ。