朋あり

朋有り遠方より来るまた楽しからずや。人知らずして慍みずまた君子ならずや。10年の時を越えて朋がご子息を連れてやってきて下さった。当時、小学生でいらっしゃって、小生の研究室の発表をご覧になり、進学させるなら小生の研究室にとお世辞を仰って頂いたのだが、なんとそれが実現してしまった。なんと楽しい事でしょう。他人には解らないでしょうけれど、魂の糸電話がつながった間柄だからこその時空を超えた再会に感動した。

異なる業界同士の間柄ではあるのだが、人に喜んでいただきたいという価値観が重なり合い、半導体を通じて世界を変えていきましょうと言う気持ちは今も変わらない。価値観が等しいベクトルを持っているということがいかに大切かということだ。価値観は人生観であり、全部が全部同じ要素であるわけは無いのだが、共鳴できる最も重要な要素が重なり合うと、それが方向性を持ち、ベクトルと認識でき、その合成ベクトルが最大となるように重なり合える。それが価値観が等しいということだ。

昨日の入学式の朝にお電話を賜り、実はとなって、もう、喜びは最高潮である。背筋が伸び、あの小さなまなざしがこちらを見つめているかと思うと心地良い緊張感に包まれた。会場の二千個の瞳の二個がこちらを凝視しているかと思うと、いつもより背筋が伸び、ぐっと握り拳を強めに握り、緞帳が降りた時には体中の筋肉がこわばっているという、妙な力の入れようであった。朋も見て頂けていたことだろう。また旧知の話に没頭したい。未来を語り合いたい。

学校という観点で言えば、小中高大の入学式は一つの節目で、いろいろと思い出せる。その時、自分だけでは無く、未来を託せる方の式に参加をさせて頂いているのだと、改めて気を引き締めた。勿論、常日頃、意識をしているわけだが、皆さんを御守り申し上げると強く意識させて頂けたことは、この上ない喜びであった。春である。後、何度、これを経験させて頂けるのだろう。大切にせねばと実感したひと時であった。