人生は語れず

よしだたくろうさんの人生を語らずって曲があるんですよ。気がついたらビートルズが解散していて、井上陽水さんが氷の世界というアルバムを出して、そんな頃に、人生を語らないって歌を聞いたわけです。作詞をした人にしか本当の意味はわかりようが無いんですけど、生意気で、なんとなく解った気になって雑音だらけのラジオに耳を傾けた時代。

デジタルで、クリアで、簡単に再生出来て。便利なんだけど「その曲が掛かるまで、ずっとラジオにのめり込み続ける」なんて生活を送っている奴は、もう誰も居ない。居るわけが無い。欲しい時が今になっている以上、待つなんてことは必要が無い。必要無くなったその瞬間を、待てる人種とそうで無い人種が共存している。いや、させれらている。一万二千年前に、果樹を植えて実るのを待った人達から、大量に同じものを作ろうと、何がなんでも同一労働同一賃金に走った弥生時代に変化した。

昨日までじっくり待って、結果を見ようと言っていた人達が、明日、実らなければ、実った街を攻め滅ぼそうみたいな話をする時代に変革していった。今と何が違うんだろう。ちょっと前まで、飢えるから姥捨てと言う、見たくない時代があったのだが、今は、責任持てないから子供を間引く時代になった。どっちも耐えられないが、死ぬ間際にどちらの人生を語れるか。

まだ、語れない。そんなに長く生きていない。ビックバンから3度めの宇宙はまだ終わっていない。終わっていないことを感じているのは、過去に終わった宇宙があったからだ。経験が自らの言い訳を作り出している内は、まだまだ青いね。コロナだなんだ言っていても、ほんの瞬間の地球のくしゃみだ。そう思うしか無い。