工学に限らず、基礎研究って何かなって思った時に、今、生存している宇宙は何故できたかということを遡っていることに他ならないことに行きつく。ビッグバンという強烈なエネルギーが極微の一点に集中し、何故か生まれ、エネルギーの揺らぎが生じて外部に発散しながら、当然のことながら、反跳して爆発点に圧力を生みながら、エネルギーを質量に変換するイベントも生じさせながら、今の宇宙が生まれて135億年が過ぎたのだけれど、結局、生まれた元素を資源として無駄遣いする生命にはなっただけのことだ。
とある方が「僕は外との繋がりを無視して没頭することが基礎研究を実施することだと思っていた。しかし、外の世界では、人々がいろんな謎を解き明かしていて、そこに自分の居場所があるかもしれないと気付いた。そんな時に、あなたのような存在が役に立つと分かった。」と仰って頂けた。自分にも居場所があるのだなと、頑張ってきて良かったなと、実感させて頂けた。
大企業には役職定年制度を残して実行されているところが多い。100歳まで現役でピンピンコロリ社会を目指す我が国において、なんとなく古いルールだなと感じる一方、ビッグバンから続くエネルギーの連鎖で生まれた細胞分裂と言うエントロピーを小さくしたり大きくしたりする真理を考えると、若い、即ち、エントロピーが小さい段階で、次のステップに挑戦する環境があったほうが、従来を安定して継続するのではなく、破壊的イノベーションが求められる時代にマッチしていることは明らかだ。
「まだまだやれている」ということが旧態依然の踏襲ではなく、改革出来ているのだと感じていたとしてもそれは主体的な観点からであって、「まだまだやれている」という意欲がある段階で、自分を客観的に見直せる場に移行しようと思考するのが、宇宙の真理であろう。成熟した場は恐ろしい。場が持つ生命力が個を飲み込んでいく。それを感じたならば、自らの表現の場を転換して良いのだ。それをアシストする仕掛けが役職定年制度なのだろうと、粒子線治療と放射線治療との違いを説明していて思った。