宿舎の大掃除を展開している。年末一気には厳しいので、じわりじわり、進行している。掃除用ケミカルの進展目覚ましく、これは無理だろうなという人造大理石の油汚れまできれいさっぱり。手作りパスタも美味しくなりそうな、そんな気分にさせてくれる。まだまだ気になる箇所が多々あるが、スチーム洗浄機と併用して、かなりの部分が綺麗さっぱり。聖人にはなれないから心の中まですっきりとはいかないが、表から見えるところはなんとかしてみたいものだと、この年齢になって漸く思うようになってきた。
一般民間人はほぼ手を付けなかったり、あるいは一括したシステムなので手を付けられなかったりだが、その昔はPCは、定期的にFDISKでハードディスクを真っ新にして、システムインストールからやり直し、無駄なファイルを極限まで削って掃除していたものだ。何時の頃からか、CPUが大馬力になり、HDD容量も爆発的に増え、クラウドストレージなんかも出てきたし、そもそも、オープンファイルは保存という概念が無いから、PCの大掃除をしなくなっている。これは如何なものか?
出来るだけPCは持ち歩かないようにしている。万が一、そこに存在しているファイルを紛失したらどうしようかと不安になるからだ。国のお役所はかなり前から紙かクラウドなので、PCに入れようにも入れられない状況にあるが、それでも気が付くと、公の場で話をさせて頂いたファイルだけではなく、秘匿性のあるファイルがあったりして冷や汗をかく。このような状況を脱却するためには、やはり初期状態に戻すのが宜しい。宜しいのだが、近年では月齢パッチが多くあり、それを思うとよしておこうかなと逃げてしまう。これはいけない。
それこそ戯言の下書きファイルなどは綺麗さっぱり消えてくれた方が良いのだが、これはこれで何万行にもなるファイルとなってくると、消してしまうのが惜しくなる。こんな人間は消して断捨離が出来ない。実際のところ、なんとか頑張るのだが、本やレコードになるとパタッと手が止まる。死ぬまで掛かっても全部を聞くことは無いほどのレコードや読み切れない本に囲まれて馬鹿面をしているのが現状だ。大掃除は見えるところの水回り位が宜しい。後は気が向いた時に実行する。こう思っていると案外やるものだ。断捨離もじわじわやると頑張れるのかもしれない。まずは心の整理からだなと、年度末が迫ると思う私であります。