輝く程に真っ白な、そう、『白』とは穢れ無き輝きを持った、尊い次元である。何物にも代えがたい、そう、絶対的な素晴らしさだ。その人は『真っ白』な猫を身近に置き、常に語り掛けていた。
とある時に、それを好ましく思わない、いや、とある理由の為にはそれが最善の行動であったのかもしれないが、好ましく思わなかった人は、それを遠く、二度と見つからないところに追いやった。追いやられた人はそれを追い求め彷徨ったが、決して見つからなかった。それは昭和32年の事である。
ある夜、縁側で啼く、その猫を見た。その人はゾクッとなり、扉を閉ざしたまま、ごめんなさいと手を合わせた。とある家の長男を身ごもった時、その義母は、子供を引っ掻くからと真っ白なその猫を遥か家の外に出した。泣き叫び探したが戻ってこなかった。が、その子が天に召された夜、縁側にその猫は返ってきた。その人は、扉を開けられなかったという。
時が20年過ぎ、家の西に建つ工場を眺めていた小生の目の前に、真白き猫が、金網を縫って、膝にやってきた。尋常ではない姿であった。その人はそれを受け入れ、爾来、数十年、そこに居た。ある日、筑波から戻ると、玄関に真白き猫は脛に寄り添い、そしてその後、天に召された。忘れるはずもないが、語るつもりもない。事実だけがそこにある。そんなもんだ。