真実は何処に?

看板に書かれていることが、実は真っ赤な嘘だったということがある。大切なことは、鶴舞大学でそんなことは決して無いと言い切り続けられることなのだが、それはもう、関係各位、全員が一眼となるしか無いのは当たり前。当たり前のことは深入りしないほうが宜しい。政府やNHKの報道では、我が国のコロナ禍による倒産が200件未満と報道されている。一方で、某駅前だけで40件以上の店舗が売りに出されているという(某駅商店街組合長より)。ひょっとすると、その某駅は特殊で、あとは全国に分散しているのかもしれないので、小生の思い込みなら良いのだが。

まぁ、報道を真に受けるほど、純真では無くなってきているので、それこそどうでも良いのだが、事実と報道の乖離こそ、我が国の在り様なのだなと、国内における多様性と捉えることとした。報道に一喜一憂する程、バカバカしいことはない。眼の前に生じたことを真実とすることとして、それが生じた原因については、発生源の言い分を真に受けて良いのかと、何でも信じる単純バカであったはずなのに、ひと呼吸置いて考える自分に嫌気が差す。

突如として非常事態宣言が解除されるという。明日、解除される見込みが大きいわけだが、木曜に解除で金曜日の夜を迎えるのは如何なものか?隣国の惨事を踏襲するのかと、まぁ、札束命の国民性に付ける薬は無いということなんでしょうね。愉快極まりないわけだ。浮かれず騒がず、粛々と、身の安全の守りに入る、そんなところである。

産業技術経営という学問に身を置いてきたわけで、経済なんてちゃんちゃらおかしいやとは言えないのだが、ものづくり分野に限って言えば、工学と商品とが『全く関係の無い』状況に『我が国』はあるという状況に愕然とするのである。超一流のお仕事をされる方々と信じてお話をさせて頂くと、溜め息しか出ない現状がある。「大学人は単なるリサーチャー」だと小馬鹿にされたことを思い出す。巧言令色鮮矣仁と孔子は仰ったわけだが、上手いことも言わず、中身もない人がマスコミでは受けが良い。面白い国である。