当たり前のようにその人は言う、私達の世代のことはわからないから、過去の遺物はほったらかせと。それは正しい。きっと正しい。もしも過去が未来に繋がっていかなったら絶対に正しい。心地良かろう。自らの思考だけで未来が決まるのだ。まぁ、何も言うまい。ジェネレーションギャップとはまさにその通りなのだ。過去は存在すら否定され、今、存在することすら忌み嫌われる。見事なもんだ。君達のジェネレーションを見せて頂きたい。

輝き溢れて、眩しくて、直視できないだろう。過去の否定に満ちて、新しいと思っていることが繋がった時空にあることなど思ったこともない。見事なものだ。羨ましい限りだ。打倒現在、そして先人。なるほど、みな、削除意識に溢れている。それに贖うことなど思ったことはない。消し去るが良い。そんなもんだ。見事なまでに美しい。

今の最新が5年後には恐竜の世代よりも古くなる、そんな時代。過去を振り切って否定して、お互いの存在理由を消し去る努力にどれだけの意味があるのか。自分はこんなに頑張った。だからこうするべきだという先人を、貴方は古いと消し去るが、その君も、次の世代で消えていくのだ。何故だと思う。

ごまかすからだ。今を生き抜こうと自分を肯定するからだ。威張る必要は無いのだ。必要とされるから伝承者なのだ。自らが正しいとか認められるグループに居るから正しいとか、何の意味があるのか。石舞台は存在するが、その中身は想像だけだ。大切なのは思い出されることではない、今を共に生きることだ。仮想も現実も無い。しかし今はあるのだ。時間だけは平等だ。だから努力せねばならぬ。それだけのことだ。