未来から帰ってきたら?

そろそろ陽が暮れる頃のことだ。35℃を超える気温で、国内が賑わっている時刻だ。グリーンランドの氷河が拡大しつうある頃であれば、20℃を超えたらびっくり、それが今や、30℃を下回ったら病的に思われる地球である。この地球規模のお話が面白いではないか。

たまたま、遠方より来る方と、とある古い映画を見て、二人で「成る程」となったわけだ。温暖化がどうのこうのというわけではない。朝起きて夜眠る。その間に、今のリズムと違うことが発生したとして、その時、我々は何を次の世代のために成すかを考えてみただけのことだ。

綺麗事では無いのだ。今、小生がお伺いするお話は、全てが「綺麗事」なのだ。結果だけではない。その人にとって綺麗事なのだ。威張って蹴散らして、自らが偉いとふんぞり返る。それが今の方々であって、歯を食いしばるなんて古いことは何もない。単に、お前達は要らない種族だと威張るだけだ。

だったら、どうぞ、お代わりなさいな。ホモサピエンスが勝ち残ったの如くの栄華を見せたらよろしい。それは美しい。そう思う。そしてそれを目指したいが、時間軸は進んでいるのだ。時間という物理定数は容赦ない。貴方の年齢が主人公では無いのだ。どうぞご自由にとは、小生は言わない。100年後に会おうではないか。それだけだ。