カメラの眼

竜巻発生の確認報道が増えたのは、携帯が行き渡ったからという、成る程なぁと思った話を聞いた。それと同じで、火球と呼ばれる流星の目撃情報が増えたのも、携帯だったり、ドライビングカメラの設置が増えたりということなのだろう。毎日、1トン程度の星屑が地上に降り注いでいるわけだから、地上の何処かでは観測されていて良いわけだが、地上から確認できる高さまで燃え尽きずに落ちてくるサイズの隕石が、カメラに撮影されたということで、監視カメラって凄まじいなと感じる次第。

日本ではまだまだ進んでいないが、それでもかなりの数の監視カメラが設置されるようになってきている。一般の住宅でも空き巣対策にカメラを設置していることに、散歩をしていて気付く。ダミーカメラも含めて、効果はあるなと思うのだ。竜巻だったり、流れ星だったりの、そう滅多に起こらない自然現象でさえカメラに収められるわけで、それよりも遥かに多い空き巣が、カメラに写り込む確率が高いのは当然だ。

海外では個人情報云々など有無を言わさず公開し、その手の類を追い込んでいくわけだが、どうもこの国ではそれが許されないところに恐ろしさがある。某監視カメラの映像を拝見したことがあるのだが、余りの鮮明さに度肝を抜かれ、それからはそれを見かけたらVサインなどして喜んでいる。美国においては誰が何処の店に入ったかまでリアルタイムで解析出来る程のデータを蓄積しているわけで、まぁ、それを知ったうえで過ごすのが当たり前になっている。

火球がニュースになって、隕石が増えたのか?と思うのではなく、それを撮影するカメラが圧倒的に増えた思うべきでしょう。しかも流れ星だから気が付いてカメラを起動して撮影するということを実現しているとしたら、起動時間が極めて短いわけで、シャッターチャンスを狙う人々の気持ちに叶う時代になってきているのだなと、電子技術の進化に感心する。カメラの映像より、目の前の花を愛でていたい。そう思うのだが、自然の神秘にも興味津々。そんなカメラの使われ方に期待したいが、ちっとも遠出が出来ずうんざりの昨今であります。