萌えること

昨日のことで恐縮だが、2004年に精密工学会で「電子からみた平坦面を超平坦と定義する」と若気の至りで演説ぶってから17年の歳月が流れたわけだが、それ以来の熊本大学であった。半導体関係で幾度となく訪れていたのだが、熊大はそれ以来であった。大震災によって五校校舎や工学部の赤煉瓦工場は甚大な被害を受け、現在復興工事中であった。古いものが破壊されるのは辛いことだが、なんとか原型を取り戻して頂きたい。手で触れることができなかったことは大変に残念ではあったが、また来れば良いとその場を後にした。

熊本という街は案外平坦で、水前寺公園近くの宿から熊本県大、県大から熊大へと徒歩で移動したが、平坦路であるから容易である。まぁ、山道でも容易であると言ってしまうような人間の言うことだから信用ならないが、旅先の移動は徒歩に限る。気がつけば20kmをヘラヘラしながら歩いているんのだ。それでも突然、「なんだこれ?」というものに出逢えるし「信じられない抜け道」に出逢ったりする。う〜ん、あんまり大声で語れないようなところを通ったりしたなぁと苦笑い。まぁ、そこんところは許してちょうだいと言うところだ。

鶴舞大学然り、本社に「もういらないから」とCOP26での火力発電よろしく、自分達で作っておいて、活動している職員に責任を転嫁し、国民から「ほら、本社はちゃんと税金を垂れ流して無駄遣いしている連中を取り締まっているからね」と威張りたいのだ。威張られる側からすれば、ぶぅたれる言い訳はいっぱいあるわけなのだけれど、何しろ本社は「消したから」と瞬時に大学を消滅させることができるから恐ろしい。それが解らないでぶぅ垂れている、ほら、あなた、学長、やってみたら?

無駄話に走ってしまった。熊本を罹災後、初めて歩かせて頂いたが、街の中で骨組みだけが残っている、小生が大好きな商店街のお店とか、軒が崩れてブルーシートもままならないお宅とか。そんな人達のために、工学部は何か出来たのか?学者は何か言うかもしれない。でも、住まいが無くなったんだよ。内燃機関が亡くなるのは許さないなんてドメスティックな妄言はどうでもよろしい。具体的な涙を拝見させて頂いた。燃えるところがある。良い旅であった。以上。