小選挙区定数変更の10増10減に自民党から異論が出たとのこと。まぁ、毎度のことで自分の基盤の議席が減るから怒鳴る、増えれば民意の反映だと威張る。必ず出るのが「地方の声が国政に反映されない」ってやつ。おいおい、国会議員って国全体の未来を考えるんじゃなかったっけ?国立大学はそれぞれ役目があって、世界に新たな学理を提案し、学問における我が国のプレゼンスを上げる役割の帝国大学機構と、殿上人の言葉は一般の民には解釈出来ないから、それを地域に翻訳し我が国の人が用いることが出来る学問を深め、幅を広げる役目の地方国立大学の2種類。まぁ、お役所殿は更に細分化従っていますが、こんなところだ。
国立大学は全ての国民に門戸を開いていて、どの大学にどんな問題を持ち込んでも良い。受験生はその大学で学びたい欲求を満たすために挑戦すればよろしい。門前払いされたとするならば、それまでの努力が足りないということになるんだけど、最近はここに、親の収入云々などというパラメータを入れた分析が成されてきて訳が分からないことになるが、それはあり得るだろうが、合格者全員がそうだという事では無かろう。データの解釈結果に惑わされてはならない。
話がずれたが、定数問題的には、米国の様に1人に至るまで民意の平等が約束された国と、格差が2倍を切っていれば良かろうという国会議員や裁判所の古典的というか、自堕落的な判定しか出来ない国家において、自分の土地が切られるのは嫌だという当事者に決めさせて、民意云々は無かろう。地方議員という枠があるのだから、国会議員はそれに縛られず、国民の付託を平等に受けるために、多すぎるところを減らして、少なくとも1.09倍以内の格差に収めるべきだ。一票の格差があったら、そもそも選挙じゃないだろう。
国勢調査って何のためにやっているんだと不愉快になる。人口が減ったら、住民にとって一人当たりの獲得面積が増えるわけで、地域の為政者が公の力で何等か、生産に結びつける知恵を出せば良いのだ。産学官金連携での思考などは、正にうってつけの思考の場だ。隣国に土地を売って税金を回収して喜んでいる体たらくは直ちに止めなければならない。国会議員が国を思わない。国を思って命を絶つ人が粗末に扱われる国家である。まぁ、そんな国家だからそんな議員か。選ぶのは国民だしね。情けない。