旅行客向けの売値と、地元民向けの売値が違うというのは、隣国では当たり前だが、この国においては、旅行客向けの価格に統一する方向性のようらしい。一部のマスコミ報道を鵜呑みにしているだけなのだが、様々な商材の価格が上がっていることを肌で感じる。某、廉価販売店は行列の大賑わい。給与が上がって商品価格が上がるという正しい経済状況では無く、海外の購買力に価格をマッチさせて、国民は置いてきぼりの気がする。
大学においてはアンタッチャブルだった授業料だが、それも上昇させる動きが顕在化してきている。それに追従するのかしないのか。するとして、学生サービスをどうするのか。物価スライド方式にしてしまう考えもありではある。次元の異なる少子化対策で2028年度から増税によって高校生年代までの手当が成されるらしいが、大学生というところは空白になっている。税金を納める立場が組織運営をしながら、学ぶ者からの納付金が変わらないとなると、組織としては干上がる方向に向かっていく。綺麗ごとでは無い。
ものづくりに元気が無くなれば、資源が知恵しか無いこの国は、インバウンド消費による収入と、そこからの税収だけしか頼るところが無くなるわけだ。国民不在の国家戦略ではあるが、例によって、それは国民が選挙で選択した行く末だから、民主主義的には従うしかないわけだ。小足棺桶の状態で何を言うかだが、震災から一ヶ月半掛かっても、上下水道が開通しない様を拝見していると、この国に生きていく事の不安が増してくるというものだ。
TVで能登半島で必死に災害復興に取り組んでいらっしゃる名古屋市水道局の皆様の働きを見た。名古屋市民の税金の正しい使い方であると感じる。寄付と同等である。こんな素晴らしい税金の使途があるならばどんどんと活用して頂きたい。インバウンドを期待するのではなく、国民の地力で国家が成り立つ挑戦に税金を使って頂きたい。国民も積極的に「今」を学び、その知恵を活かして頂きたい。どんどんとリスキリングや兼業が認められ、一人の能力が十倍にも活用されるような世にならないものだろうか。知恵の私物化の時代では無い。