昭和

何故かふと思った。昭和という時代があったなぁと。中小企業の多くの経営者の皆様はその昭和の時代を駆け抜けた方々だと。昭和の終焉の歳、まだ学生であった。毎晩毎晩、実験と論文執筆で明け暮れていた。それこそ明け暮れていた。誰にやれとも言われずに、勝手に研究をし続けた。原子の配列が乱れ、それが配列し直すとき莫大なエネルギーが発生し、ミクロな結晶核が出来る。光メモリディスクの誕生の瞬間だが、そんなことはどうでもよく、ひたすら自然現象の脅威に感動していた。それが昭和であった。

どんどん海外をキャッチアップして、間違えようのないものづくりをしてきた方々は、持ちえたものを離さない。その結果、満ち足りた世において、新規の挑戦が成されない世の中になっている。挑戦することが素晴らしい事とは言わないが、新しいものを手に入れようとすれば、今を何か捨てねばならぬ。捨てるという行為には勇気が伴う。ちょっとしたことなのだが、それが出来ない。

新規事業と簡単に言うが、即ちそこには廃棄が伴う。長い年付きを掛けて身に付けたものを、ポンと捨てる勇気があるか。勇気が必要と思うか、今、何かを身に付けたのだから、きっと他のものも身に付けられるだろうと、あっけらかんといられるか。そこに「新規」があるのだろう。新規は恐ろしい。身に付けた途端に古ぼけたものになる。直ぐに過去に覆われる。

今日も何かが起こるのだろうが、明日になれば今日は過去だ。常に古ぼける。だから新しくならねばならない。今を後生大事に持つのか、常に新しく変身し続けるのか。それは人それぞれなのだろうが、苦しく厳しい道があるとすればそちらを選ぶ。昭和を思い出し、そんな気持ちになった朝であった。