本気になること

水車云々などと言うと、ダムを造って水を溜めてなどと考えているのかと思われるかもしれないが、小生は巨大ダム建造は良い事だと思っていない。河口堰など以ての外だと、自然の輪廻を妨げるものとしか目に映らない。淡水を使いたいがために堰を築き灌漑することにおいても気分は悪い。人間の都合で数千万年掛かって形成されてきた近代の大地に手を加えるなど暴挙でしかない。

一方で、お仕事全てを人力で行うべきなどとは思っていない。道具の力を借りて身の安全を確保するのは、マンモスと共存してきた先祖の時代から脈々と続くDNAだし、ナンセンスである。無人島に漂着したら、水を探しに山に入るだろうが、棒切れ一本も持たないで山に分け入る勇気など無い。話が石器時代に突き進んでしまったが、時々出てくる水素のお話である。

現在は有機物が生み出すガスや、藻類から炭化水素を生ませてそこから水素を取り出す手法が取られているが、これはその操作の途中でCO2を出すわけだから、真の地球温暖化ガス抑止にはなっていない。水素原子は宇宙にどんどん逃げていくが、隕石がかなりの水分補給を地球にもたらしているので良しとする考えもあるようだが、正確な収支計算を見たことが無いので、なんとも言えない。どちらかというと水素活用は積極派では無いという状況だが、石油や石炭をじゃんじゃか燃やすということに比べれば、まぁ、良いかなという程度だ。

水素を運ぶのが大変という事であれば、水素とCO2からメタンガスを作って、それをパイプラインで運べばよろしい。問題は、それを如何に安く低エネルギーで水素に再分離して、燃料電池に送り込むかである。普及しないのは水素を単離させるエネルギーより、燃料電池で生み出されるエネルギーが小さいからに他ならなず、その仕組みに挑戦している研究者は日本にも多くいるのだが、今度は金が無い。この辺りに、日本の本気度の程度が知れる。まぁ、そんなもんだ。