本社が支社に求めるのは、地域における支社独自の課題解決能力の醸成とその表出である。本社と言っても、更に上の機関の下に成立していて、支社がジタバタしても、最上流は痛くも痒くもないというのが現状である。課題解決能力を発揮するべきという項目の一つが「経営財政健全化」である。国立大学時には人件費も研究費も国費が基本であった。
現状、多くの大学が共同研究活動を実施し、そのサポートとして大学は諸経費を赤字として垂れ流し続けている。それを企業が経費削減の一環として活用してきている。3年前に本社は社会に対して、その是正を訴え、支社にその実施を求めた。まぁ、企業なら当たり前の本社活動なのですが、いにしえのルールで動く支社は、なかなか急旋回を切れてこなかったが、少なからずそれを実現し、経営改善の方向に向かっている支社もある。
政府においては、お金が欲しくなれば国債を発行し、日銀に対して現金と交換。企業の株も日銀が購入し、その価格を保つ努力をし続ける。突然、その「紙」が「紙幣」との交換能力を失って消えたのがソ連であり、その瞬間が日本に訪れないとも限らない。共同研究によって赤字を垂れ流す支社と企業との関係は、政府や企業と日銀の関係に似ている。いつか、突然に破綻する。
求められる事業に対して正当な対価を頂く。それは資本主義国家として当然の活動であり、倫理観であるはずだ。それが成立していないことが本質であって、目先の、そして一時の「しのぎ」が続いては未来は無い。未来を食いつぶして「自分さえ良ければ」という考えは無くしていかねば経営は成り立たない。その為の努力はしなければならない。まつりごとである。それを為す側が血を流して、受ける側のご理解が得られる。血を流し切らねば進まない。断行する。