民間企業が研究開発費を出し渋るということを常に言っているわけですが、まぁ、当然の気もするのです。日本全体の購買力というか購買機運が下がり切って安定しているところに、何かを新しく開発しようという会社のトップが居るのであれば、それは稀なことに決まっているわけですよ。配当だけが欲しい株主対応に追われているわけで、どうやって今をしのぐかに必死な企業群に、研究開発費を積んでくださいというのは乾いたぞうきんを絞ってくださいと言うのに等しい。
木の時代、石の時代、金属の時代、情報の時代と進んできた先に何があるのか?その問い掛けの答えは極めて空想めいて、口に出すのもはばかられる。情報と言う、それ単体ではほぼ意味の無いものに価値を与えるアルゴリズムが最も高価なポジションを得ているわけで、それよりも付加価値の高いものを探し出せというのはなかなか困難である。
特に、行動経済成長期という謎の時期を生き抜いてこられた方々は、努力によって物的充実感と精神的充実感を得てこられたわけだが、大概のものが最低限は揃っている社会において、物的充実感をどのように得るのか。提供することによって得る対価は何か?キャッシュレス云々で繰り広げられる手数料徴取軍団にどうやって勝つのか?
3畳一間で満足を得ている人々が急増している現状において、工学が持つ意味合いをどのように高めていくのか。何を学び、それを活かすのか。大企業と呼ばれる護送船団が何を護っているのか?世界の30歳代以下の方々に掛かっている。そう実感している。