非共生社会において

先進国という枠組みにどんな意味が今あるのかという議論は置いておいて、その枠組みにおいて、共生社会度は日本は最低だそうだ。共に生きることを放棄した競争社会ということだね。団塊の世代の皆さんが作って下さった労働の場が、どんどんシュリンクしていくその中で、ポジションというニンジン目掛けて走らされた結果、人を出し抜き、自らの欲望を満たす人種になったとて文句は言えまい。

都市部にしろ、山間部にしろ、時間は同じように流れるわけだから、ご同様に年齢を重ねていく。気が付けば相互関係性の無い高齢者世帯群が形成される。それが人の末路か?植物、動物、生きとし生けるもの達への殺戮者として君臨した結果としたら、その程度の末路なのかもしれない。ホモサピエンス生存の基本能力であった共生を捨てれば、どの様な末路を辿るかは、先人類達が証明してくれている。

人が足りないと言う。その分をAI、IoT、メカトロニクスがカバーするはずではなかったのか。ドローンが飛べば規制、カメラを設置すればプライバシーがどうのこうの。自動運転車と言えば、事故対応は誰がするだの。どうやったら出来るのか、先へ進めるのかを考えず、自分に面倒が降りかかることを排除することを最優先に考える人種満ちた日本。何と悲しい事か。

絶対の選択肢など在りはしない。6500万年前の大量絶滅を見れば明らかで、そんなものを求めても仕方がない。今持てる全てを注ぎ込んで、ダメなら仕方が無いではないか。新規起業者の勇気を褒め称えれば良いでは無いか。誰にも気づかれず、自宅の一室で朽ち果てていく将来を受け入れるのか、誰かの為に頂いた命を燃やし尽くすことを選択するのか。共生か孤立か?会話をすること。そこから始めなければならない、そう思う。