変態の時か?

恐竜の絶滅と惑星の地球衝突との関係が、まぁ、学説として述べられるわけで、6600万年前の恐竜絶滅の時期と重なって発生した事象であるから、「違う」と言っても「そうだ」と言っても、そうかもしれないねくらいの落ち着きがある。生命進化の改革のトリガとして、大量絶滅や放射線被ばくによる突然変異や、それらの交雑による多様性の誕生とかね、いろいろあるわけだ。

今回のコロナ禍で対面講義や実験実習という、それらを体験し提供させて頂いてきた身としては、それをいきなり取り上げられて、ネット授業で全てを簡潔させなければならない現状は、惑星衝突みたいなものかと、漠然と思っていたりする。チョーク片手に全身全霊で学理の美しさを訴え聞き手の記憶に刻み、それを活用できるゴールを目指す。それが目に見えない細菌によって打ち砕かれた。

細菌にやっつけられたという点において、ジュールベルヌの宇宙戦争も思い出される。小学生の時に何度も読み返し、星空を眺めて、円筒が降ってこないかしらと、火星人に会ってみたいものだと本気で思っていた。ワクチンを創るとか何とか言っているわけですが、細菌が死ぬものを体に入れて良い事あるのかしら?こちらも進化してウイルスと共存できるくらいの進化が無ければいけないのではと思ったりするのです。

何処かに居たウイルスを引っ張り出してしまった。引っ張り出した以上は人間が何とかしないといけない。パンドラの箱の事例が引っ張り出されますが、希望なんて残らないのです。希望は抱くものであって解決に持ち込まないといけないのです。教育もまた然り。新しい人類にどのようにバトンを繋ぐのか。旧人類の使命ですな。