過去帳

お盆のあたりである。妙な言い方であるが、お盆だから許されよう、いや、単に戯言ということだ。研究室に所属してから初めてと言って良い夏休みを頂いた。頂いたと言っても、職場が定める3日を除いては、余分に3日間頂いただけだ。この三十年で3日間の休暇を、何故、文句を言われるのか?まぁ、言う人は仕事をしていない、企画を立てたことのない方でしょう。どうぞご自由に。

そんな方々はどうでも良くて、居眠りで見た夢である。亡くなった長男のことは、母は頑なに語らず、いや、長男が亡くならなければお前は居なかったとは年柄年中の繰り返しではあったのだが、割れた写真立てのガラスの話とか、まぁ、そんなもんでしたよ。それがうたた寝の途中、父が現れ、母が現れ兄を想い出せという。

何ともお盆らしいのだ。そう言えば、命日が何時だとかそんな話は聞いたことがない。聞いたことが無い事を夢枕に立たれると、これは気になるのがお盆というものである。40℃の灼熱の外気に晒されて、買い物途中にぐったりとするわけだが、夢枕には勝てないのだ。虚ろに過去帳を見る。成る程と思う。

お盆とはそんなものだろう。自らの歴史だの何だの自惚れても、先祖からのバトンである。何だか愉快である。それもまたお盆である。まだまだ読むべき本は沢山ある。過去帳もある。自らが其処に記される日が来るのだろうか?未来帳というものがあれば覗いて見たい。そんな気になった。