凍結

「それは貴方が作ったプレゼンシートですか?」と尋ねられた。小生と長く付き合いがある人ならそんなことを聞くはずはない。当たり前であるからだ。誰が何を受け止め変化したいかを講演の依頼者と共創し、そこに向けてゼロベースで組み上げていく。勿論、使い回しの資料は多いが、細部においては手を入れていく。締めくくりの一言を決めたら骨格は出来上がる。その時点で顧客満足を満たしていなければ失敗である。

小生の研究スタイルも同様で、原子(原料ですな)を集めるところから、最終的に活用される部分まで、各セクションで抜けること無く自らが制御可能に何年以内に到達できるか、途中でどれだけのファンドが必要かを設計し10年後のゴールをめがけて動き出す。設計図の一部を担うことと、原子から顧客の笑顔までのストーリーを描くことは全く異なる。顧客は何故笑顔になれるのか。それはその顧客が誰かを笑顔にするからだ。顧客が誰かに良い影響を与えるその状況をビジュアル化できれば、その研究は必ずゴールに到達できる。今、解っていないから挑戦したい程度ではファンド獲得は無理だし、そもそも挫折する。

師の教えは勿論大きいのだが、やはり幼少期からどんな風に育ったかに依存するのだと実感している。無理をせず、育てて頂いた通りに生き抜けば良いのだろう。タイムマシンには乗れないのだから今更で無責任な発言だが、実際の所それに尽きるのだ。偉大な恩師に巡り合ったとしても、その偉大さを太くするのも捻じ曲げるのも、過去からの連鎖に他ならない。出会って最初の行動、言動でゴールが見える。

作れそうだからやってみるのか、人々の笑顔の連鎖を描いて作ろうと思ったのか。ストーリーを描く俳優の一人としての工業的生産物はあるのであって、それがどのように使うのかはお客さん任せでは所詮行き詰まる。高度で複雑で、人の命を預かるモノづくりであれば尚更だ。いや、人の命に関わらない工学は無いわけだが、ゴールは遠いのだ。常に上があるのだ。もっと良いモノは必ず生まれる。社会が進み技術も磨かれ、新しいものが生まれる。それも見越してストーリーを描かねばならない。スペーつジェットの凍結を見て改めて感じた。