納得すること

気が付けば6月第三週目に入っている。1日1日はものすごく長いのだが、実は実感しているだけで客観ではない。こんなところに毎日の過ごし方と言うか、残った人生、どう生きるかみたいなものが関係してくるのだろう。結局のところ、どうのこうのという事はなく、地球の回転に従ってその瞬間瞬間を必死に、猛烈に考えて過ごすと言うだけなんだけどね。

一つのことに集中するのが良い。あれもこれもと考えることはシングルタスカーの小生には土台無理で、一点集中、やっつけては次に向かっていく。室町前期までに許された戦法なんだけど、一件一件が強烈な軍勢で押し寄せてくるから、1番近い対象に向かっていくしか無いのだ。あれもこれもと目を転じている間に懐に飛び込まれて壊滅する。そんな姿をしょっちゅう見かけるので、そうならないように対象を一点に絞る。

これも実は曲者で、1番近いと思っていたら、実はそうではなくて、遠いと思ったものが実は真っ先にやっつけないといけないものだったりする。何となく関数関係かと思っていたら、実は因果関係だったりしてね。原因をやっつけるのが順当な戦術何だけど、うっかりしていると結果に突っ込んで激甚被害を受けるわけだ。精神的ダメージは大きいですよ。それでも立ち上がって前に進まないといけない。

戦の相手が大きくて、次から次へと場のルールを変えて来る。これはインチキだろうと思っても、胴元は強いのだ。場のルールが変わっても、惑わされない為には、自らの状態を常に最善化しておくことだ。最適化ではない、最善である。最善と言っても主観だから本当に正しいかどうかは解らない。しかし、自分自身でこれで良かろうと思っていれば外圧を納得して受け入れられると言うものだ。満足なんてあり得ないのだから、納得するだけで十分だ。そんなもんだろう。