自己責任

一票の重みが2倍以上もある。こんな状態を延々と続けている国で、投票率を高めようというのは土台無理であろう。投票率が高い選挙を見てみたいと先日ほざいたばっかりだが、裁判所においても認めてしまう民主主義レベルの低さだ。民主主義を解っている国においては、家一軒、選挙区に入れる、入れないを議論するのに、平気で2倍を認めている。被選挙人も恥ずかしく無いのかな?投票の重みが地域によって異なるって、もう民主主義国家では無いわなぁ。

演説が始まったわけですが、官僚のトップが仰るようにばらまき競争ですな。対新型コロナワクチンを無料にしたのは我が党だとかね。国民の税金だろ?あんたじゃないよと突っ込むわけだが、消費税を無くすとかね、これも言わばばらまきであって、五十歩百歩だ。勿論、消費を刺激するという点においては影響力はあるだろうが、財政健全化という観点においては破壊的影響力しか無かろう。そうあって欲しいとは思うが、自分を守って頂くはずの国が無くなっては話にならないので、ちょっとこれも現実的では無い。

投票日当日は、投票会場の「密」を思うとおっかなびっくりではあるので、期日前投票などを考えてはみるのだが、どの党に票を入れて良いものやら悩んでしまう。安易にうっかりというわけにはいかない。自分達の将来が掛かっているわけで、たかが一票、されど一票である。意思表示は根拠が無ければならない。今まではこうだったからとか、そんな安直なことではいかんのだ。いかんのだが、この国はそれがまかり通ってしまうんだなぁ、悲しい事だが。

来週には決断せねばならぬ。ならぬのだが、政策的に差を見出すことは極めて難しい。難しいとなってくると、何を重視しているか、そこから判断することとなる。コロナ対策で10万円ばらまけなどという狂気の政策にはとても納得など出来ないから、ネガティブ要因から排除というのもありだろう。妙なヒエラルキーが伝統的に重視されているところとかね。そんな寒気がするような、世界的に化石の方々にはご退場願うしか無かろう。投票した者にも国家沈没の責任がある。心して一票を投じねばならぬ。その意識が無さすぎる。情けない話だ。