民度

「民度が高い」という元首相の発言があったが、69歳にもなって京王線のジョーカーの物まねで新幹線に放火するかな?徹底的に民度が下がり切っているということなのだろう。マスコミの報道を見ただけなので、どれだけ正確な情報になっているのかさっぱり解らないが、そのような事件が発生したことは間違いないのだろう。一たび、常軌を逸脱した事件が起こると、それが当たり前の出来事の様に繰り返される現状に辟易する。流石新幹線で、消化後、運転を再開している。流石である。

分別ということなのだろうが、民度の質保証なんてものが必要になってしまうのではないか?便利と思うマイナンバーカードであっても、「安全性が・・」なぁんてマスコミの発言で、便利に活用しようとする者の「益」を害しにくる。遠隔医療行為を進めようとすると人の命より自分の雇用とばかりに政治を活用して反対してくる。医は算術なりとは良く言ったものだ。理由は解らないが何故かコロナ禍があたかも消滅したかのように見える我が国であるが、ドイツなど、日本よりはワクチン接種率が低いとはいえ66%の方が接種していて、再び新規感染者が増加している国がある中、どんどん行動緩和となっていっている。ここにもちょっと民度問題があるように感じる。

一方で、感染者が近所に居たか居ないかということを教えてあげますよと言うスマホアプリなど、税金を投入したにもかかわらず、エラーが多く、使い物にならないとか、科学的根拠のないマスクを税金で大量発注して国民に配りまくるとか、30兆円近いお金が使われていないとか、政官の民度も激しく低いと言わざるを得まい。これらの反省が全く無い中、18歳以下の方々にはお金を撒きましょうなんてことは、まともな議論も無く決まっていくのであろう。これも等しく、国民が支持しているのだから受け入れるのが筋なのだろうが。こんなことで本当に良いのか。

昔の事を言うと「年寄りが」と蔑まれるが、向こう三軒両隣という言葉があった。お付き合いできるのはそんな範囲で、お互いが緩やかな監視状態にあって、コミュニティが保たれていた。こんなところに民度の高さがあったのではないか。高く維持せざるを得ない状況が創り出されていたのだと思う。今では職場の隣人ですらメールでご相談である。記録が残る方が良いということもあるが、自分の壁を限りなく高くして、隣人の侵入を拒んでいく。対面を推奨する気はさらさら無い。しかし、隣人と文字だけのお付き合いですまそうとは思わない。この辺りが既に古いという事か。民度ってなんだろうと、新幹線車内での模倣放火で思った次第。これから益々増えそうな状況と感じる。辛い世の中だ。