少年に告ぐ

世界を見渡すと明るいニュースは全くない。だからまだ来ていない未来に明るさを見出したい。結局のところ、人が人の為に尽くして、それがまた他の方々に良い伝播が発生するような、そんな教育を受けた者に溢れる社会になったら嬉しいなと思っている。自分だけの価値観を大切にし過ぎることなく、他の方の幸せを大切にしつつ、それを更に大きくして、お互いが尊敬し合う事が出来るような社会が実現していたら嬉しい。

理想を言うなと言われそうですが、理想でも言っていないと暗くなるし、そもそも戯言だから何を言っても良かろう。ストレスフルにならず、例えそうなったとしても「大丈夫だよ」と言ってくれる人が近くに居る。心が折れる人が居ない、そんな社会が宜しい。メタ空間ではなく、リセットが利かないリアルな社会である。その中において、結局のところ、思いやりに溢れた社会と言う事であろう。その為にはリスキリング、リカレントが常に許される勤務体系が必要だ。兼業もどんどんと認められるべきだ。自分の価値を社会に知って頂く機会が多くあるのが良い。

小学校に導入した廉価な電子パッドが故障しまくるなどは最低のお話だ。旧態依然の作業を手放さず、電子化によって消えているべき作業が延々と残り、新しい事に挑戦できないでいる。それで賃金を上げるべきなどと言ってはいけない。新しい喜びを社会と共に創造し、それに挑むことはとても労力を必要とする。労力を今まで以上に掛けないといけない仕事に挑戦するから賃金が上がるのだ。今と同じ作業で上がる筈は無かろう。何か頓珍漢な議論がTVの向こうで展開されているのを見るにつけ、やっぱり暗くなる。旧態依然はもう宜しい。

小学校のお話を出したついでだが、Z世代と言う事で電子ツールを活用することを否定はしないし、もっと最先端のものに触れれば良いのにとは思うが。ただ、世の中の全ての事が画面の中で完結するとして育ってほしく無いのだ。そもそも電子機器を目に見えない回路も含めて、人が作った機械で作られているのだ。今のところはね。かなりの自動化が進んだが、全てがロボットで作られているわけではない。人が人の為に考え、それを活用した人が喜んでいる。そんな世界は無くなって欲しく無いし、続いていって欲しいと願っている。