身の丈

変化していかないといけないことを変えようとすると、変わりたくない方々から圧力を掛けて頂ける。PV=nRTの法則の如く、こちらの感情が熱くなるが、それは変わりたくない方々の思う壺なので、そこには入らないようにしようとすると、体積を減らせばよい事になる。団体で攻めているつもりでいらっしゃるのに、実は、一人の感情論だったのだよとなると、体積が減じたと等価であるから、こちらはかっかしなくて良い事になる。圧力という仕事をすると、エントロピーが発生して、持っているパワーのロスに繋がるから、変わりたくない方々は無意識に体力を消耗することになる。まつりごとの熱力学である。

変化をするなら、まず、早く動くこと。考えて、相談して、ルールの通りは当然なのだけど、考えたら動きながら、アジャイル型まつりごとという時代なのだと思う。勿論、場当たり的は最悪の結果しか生まない。それでは変えないことが正義か、いや、それは全く違う。危ないのは、変えてはいけない骨格をいじること。全部シャッフルなんてのは能無しのやることであって、方向すら定めていないのに進みだすのは愚の骨頂である。

この方向性というものが重要であって、それをどのように定めるかなのだけど、組織というものは「その組織だからこそ」というOutcomesを社会にご提供させて頂いてこそであって、あっちもこっちも同じもので良いということなら、一番大きい処だけで、他は要らないのだ。即ちゾンビ組織なのだ。旧態依然で良いところは何処も無く、かと言って、この領土が欲しいからと、自組織に大ぼら吹いて鼓舞して戦争させるなんてのは愚か者にもなれない連中なので、それは有り得ない。自らの色を出し切るために変わっていかないといけないということだ。それが身の丈ということなんだけど、身の丈一杯に頑張るというのはなかなか出来ることでは無い。

「身の丈をわきまえろ」とはなんとなくなんだけど、背伸びをしたら怒られる一言みたいなんだけど、実は「まだまだできるだろ、もっとがんばれよ」というところでも使うのだ。そんなところで安穏としているんじゃ無いよ!ということなんだけどね。日々是精進ということなんだけど、精進すると周囲が陳腐に見えてくるから、それを変えていこうという気になるのですよ。もしもそうならなかったら、世間と同じ速度で動いているだけの組織であって、それはゾンビだ。見える景色が陳腐であり続けるから価値がある組織である。そんな意識であり続けることに死力を尽くす。それだけのことだ。