天下に泥棒あり

FRBがいよいよ本気で金融の在り方を示してきた。我慢に我慢を重ね、そして機会をとらえ敏に動く。羨ましい限りである。この国はと言えば全てにおいて指をくわえて見ているだけ。部品大国であって、結局は「ものづくり」のポジションから脱することはしない。他国の「ことづくり」と「場づくり」を支えて心地良がっている。まぁ、それは正しい選択なのかもしれない。世界に物が無かった時、他国の技術を持ってきて、量産化に向けた工夫で外貨を稼いだ。その量産化の工夫は、両々加工機械や多くの自動化機械製造にそのノウハウが受け継がれ、一部の企業が国益となって残っていることに安心しないといけないのかもしれない。

その昔は大企業の専売特許だった「弱者の知恵泥棒」が今や中小企業においても実行される。特に弱小大学に対してその傾向は甚だしい。「農民は生かさず殺さず」の江戸時代の思考で、知恵を無償ではぎ取っていくその在り方は、煉獄に落とされた弱者を痛めつける悪魔そのものだ。経営に関与する人間がその体制であれば、まぁ、その先が見えてこようというもの。ご注進してみようかなとは思うが、世界が大国の恫喝に指をくわえてみているだけの景色を思うと、なんだかばかばかしくなる。正義などどこにも無いのだ。連休中にニュースで見るのは、行動制限が無くなったから、人の移動で景気が良くなったという事ばかり。結局、それしか無いのだね、この国は。

変わらないのだ。DXなんて意識を変えないと進まないのだが、旧態依然のDXなんてほざいているわけだから、それこそ何も変わらない。意識・無意識に限らず旧態依然を私物化し、「何か変だ」と感じる正しい精神状態を駆逐していく。贖い続けるが、何時かぷっつんと切れるかもしれない。コロナ禍がもたらしてくれた在宅勤務の素晴らしさを、この連休期間中に存分に味わうことが出来た。何やってんだと言われるかもしれないが、職位的に求められたら討議をさせて頂くわけで、恐らく、コロナ禍以前なら、出てこいということになったのだろうが、先方もWebでということで、ラフな雰囲気で深い議論を展開できたことはとても良かった。30分と時間限定を守るお相手だったことも幸いした。

まぁ、そんな前向きな議論もあるわけだけど、多く、中小企業が「困っているから無償で知恵をよこせ」というのはもうお断りだ。精神的に不快でしかない。鶴舞大学に対してそうなのだから、他の下請け企業にも同じことをしているんでしょうね。図面は無償だとかね、持ちつ持たれつみたいな気風が、そりゃぁ、戦後の全て無くなった状態ではそうだったでしょう。ウクライナの惨劇を見るにつけ、胸が痛くなり吐き気がしてくるわけだが、あんな状況から這い上がった諸大先輩の方々には勿論、首を垂れる。当たり前だ。しかし、バブルを謳歌して、リメンバーバブルみたいな連中殿には辟易だ。ご免こうむる。