共同研究は

30歳代で共同研究を体験すると、その後、研究力(参加している国際会議の質や論文のFWCI値などがKPI)が高い状態で保たれているという報告が、某国立大学法人から成され、まぁ、そうだろうなと、肌感覚を納得した次第。企業との共同研究など、学者のやることではないという考えも、それはそれで正しい。新たな学理を追求する、その姿勢は絶対に正しいし、失っていただきたくない。ただ、それが、社会に相手にされなくなっている状態で、それを貫くのはどうかと思うけどね。

共同研究って、第三者の目線が入るわけですよ。インチキが出来ないというだけではなくて、相手と共通言語で語り、成果を納得していかないといけない。これは鍛えられますよ。何を書いているのか、専門家にも分からないような文章しか書けない研究者って沢山いらっしゃって、大学は旧態依然だなと感じることが多い。会議でも「そのロジックは解らない」とかね、気に入らないから入ってくる方が多いが、第三者にはそうはいかない。

このそうはいかないというのが素晴らしい環境なのだ。同類項にくくられる人達が集まる学会の中でぬくぬくと育ち続けると、学生時代からテーマが同じというすごい状況にもなったりする。世の中がひっくり返るほどの、人類の幸福を作り上げるというのなら、それは勿論良いのですけどね、それが許されるのは、それなりの大学でということになるのだろう。東大や京大はそればっかりやっていただいていれば良いなと思ったりもする。

大学は知恵の宝庫なのは間違いない。俗に開かれていないといわれるが、それは窓口を広げるだけではだめで、一般民間人が理解できる「てにをは」を使いこなす研究者がいるということに他ならない。研究以外の業務が多過ぎる若手に研究時間を持って頂くためには、それなりの年齢の方々の自己犠牲が必要なんだけど、その方々は研究のエキスパートであることは間違いなくて、どのようにバランスを取るのかは極めて難しい。いずれにせよ。若い研究者の皆様には、小学校5年生に理解して頂ける言葉で語れる力を持って頂きたい。他大学でも同様の考えを持っている方のお話を伺ってほっとした。