梅雨明けの熱帯夜

暑い暑いと思っていたら、なんとこの時期に梅雨明け宣言が出されてしまった。梅雨明け三日は雨知らずということで、山屋さん達は大喜びなのだが、この時期で梅雨明けとなると、休暇との兼ね合いで、一週間のお休み下さいとは言い出しにくかろう。ちょっと驚きの早さで驚いている。それはそうだ。1951年以降で最も早いとのこと。熱中症にはくれぐれもご注意と言うところだ。

学生時代、野中の一軒家のような4畳半のアパートの2階で生きていた。本当にぎりぎり生きていたというくらいが適切な表現だったと思う。エアコンなんてとんでもない、扇風機も無く、トタン張りの屋根の輻射熱が、天井からそのまま降りてきて、オーブンの中に居るようだった。4年生になると研究室に避難できたが、3年生の時はひたすら耐える毎日である。風がぴたっと停まり、余りの熱さに驚いて、外に飛び出しても、本当に音も無い世界で、ただただ、空気が停まっていて絶望感を味わった。

逆に冬になると、角部屋だったこともあって、室内の台所の水道のコックの部分が凍って割れて、正月明けに帰ったらそこから氷の彫刻が出来ていて、床一面に氷が張り、入り口の部分に落ちていた年賀状が氷の中と言うことも体験した。貧乏自慢では無いのだが、今ではそんなアパートは無かろうとは思うが、それでも博士号と頂戴するまではそこで耐え忍んだ。今となっては良い想い出でしかない。

中心街とは遠く離れ、それこそぽつんと暮らしていた。窓から関東平野を対角に見える富士山が、なんとも嬉しくて、夕日に富士山のシルエットを見つけた時、なんて平らな土地なのだと驚き、嬉しかった記憶がある。梅雨明けの声を聞くと、空気が停まった夜に眠れなかったことを思い出す。熱中症を防ぐため、クーラーを適切に使いましょうと今では言うが、そんなもの無かったぞと、きっと今も無い人は居るだろう。ご同輩諸氏に申し上げたい。水だけは飲みましょうねと。今も思い出す空気の動きが無い夜。貴重な体験である。