あらゆることを考えて、ベストな判断をしろと無茶を語る人は、重箱の隅をつついてくる人かなと思う。その逆かな?重箱の隅をつつくような人だから、あらゆることを考えろなんて出来ない事を注文してくるのだろう。解決するべき問題を特定せずに、延々と問題の掘り起しだけを続けて行く。日本人特有なのだろうか?小生は違うのだが、そんな方が目の前に現れて、馬耳東風のくせにやたらと問いかけられて辟易することがある。
近未来で問題になりそうなものを特定したら、その問題を分解して、問題を解決したことをどうやって理解出来るかを考える。その為には問題を特定する時に、徹底した仮説検証が必要で、その仮説をどこまでエビデンスベースで追い詰められるかが重要である。単なる思い付きでは課題の抽出に至らない。問題は複雑で、関数関係にあるものを一塊においてしまうともう解けない。重箱の隅の人はその思考が出来ないような気がする。
事象を分解して思考することはかなりのトレーニングが必要なのだが、案外面白いものである。気が付くとそんなことばかり考えて居る自分に気が付く。アジャイル思考も必要だから、分解された課題を解決して、問題解決に近づいているかを検証していく。勿論、初期の仮説がしっかりと立てられていれば、一気に解決に近づくことだろう。重要成功要因とか言われるけどね。
解決された課題をどのように組み合わせて問題を解決するのか。それはもう、評価と絞り込みしか無いわけで、これは問題解決によって生み出されるアウトカムズを基準として評価するしかない。問題はアウトカムズベースで設定し、思考しなければ価値を生まない。重箱の隅の人には全く無い思考である。だから重箱の隅の人とはお付き合いをしたくないのだ。そんなもんだ。