変化し続けること

師走に入ってからの最初の寒気で、やっと冬を感じるなというか、やっぱり冬はやってくるのだと、なんだか昨年と同じ感覚をやっとこさ持つことが出来た。日中の風の強さも寒さゆえに感じるようになり、まぁ、それでも凍てつく状態という事もなく、冬がやってきたなと言うところだ。夏からいきなり冬になったと思ったのだが、やはりその間にはなだらかなというか、それなりの気温帯の日数があるのだなと、四季はやっぱりあるのだなと思ったところだ。

そうかと思うと、太平洋上において台風が発生したりで、12月中旬と言うのに海の温度は上がったままなのだなと感心するばかりだ。何十年もかけて海洋の温度を上げてきたのだから、熱容量の大きな水を温めたのだからそう簡単には温度は下がらない。温度が変われば密度が変わり、それが変われば海流の流れも変化していくのも当然だ。日本近海の魚の生息域が北上していって、富山では不漁のブリなどは北海道で豊漁だという。季節ものの魚が居なくなって、富山のお正月の準備は大変なことであろう。

百年企業の魚介類せんべい屋さんが「海水温の1℃の変化で起こる生き物への影響は、地上の生き物への5℃の変化と等しいのだ」と、経験から語って頂けたのだが、もっと大きいのではないかと思う。海藻が茂ったエリアに、南国の魚が上がってきて、その海藻を食べ尽くした結果、生態系がガラッと変わる。海水温による変化が、海中生物の勢力図をがらっと換えてしまうということだろう。何億年のスパンで見たら、そんなことはしょっちゅう起こっていたのだろうけど、寿命の短い人間にとっては大騒ぎになるわけだ。

魚を生業としていらっしゃる皆様にとっては、地域ブランドが無くなっては大騒動だ。ガソリンを使えなくなった自動車と同様かもしれない。農業においても、夏の暑さが厳しくて生育に異常をきたし、米などは一等米が少なくなって悲鳴を上げている。みな、平等だ。研究者も開発を少し意識すると、社会との連携の在り様もがらっと変わる。社会の変化の勢いは気候変動よりも大きい。自らを変えることが出来ることを幸いと思うべきである。変化していくこと。それだけである。