日本のエネルギー問題解決に向けて、水素をエネルギー源として活用しようという取り組みは1975年のサンシャイン計画の頃、現実的ターゲットとして思考され始めている。今ではレストランで水素バーナーを使って調理された料理が供されているところまで来ている。調理器具を作る企業は、何時、利益が出るか解らないけれど、今のうちに提供してシェアを獲得しようという挑戦を成されたところが素晴らしく、レストランとしては高圧ガス管理区域を作り、水素ボンベを敷地内に設置し、調理場に水素炎を立てて、それで調理しようとされた挑戦が素晴らしい。やはり挑戦は美しい。
水素は燃焼時に炭酸ガスを出さないということは当然なのですが、調理として大切なのは燃焼時に水が発生する事なのだそうです。鍋鎌でお湯を作るということでは無く、直接、食材を水素炎に晒すことでふっくらしっとり仕上がるとか。まだ、肉・魚の類の調理だそうですが、パン焼きとか面白そうだなと勝手に思っているところです。消防法の関係で、一般家庭に持ち込むには現状では困難な点が多いのですが、調理の利点を聞かせて頂くと、複数個あるバーナーの1個は水素炎バーナーにしてみたいなと思ったりする。
先日、商工会議所でお話を伺ったところによると、まだまだ水素そのものが高価な取引価格になることと、我が国では量産が出来ていないことがビジネスのネックだとの事。オイルショックで水素だと言ったのに、エネルギー安全保障的に自国で消費する分は全て自国で生産するという意識が完全に失われ、オーストラリアから買えば良いという方向になってしまっていることに呆れ、そして悲観する。食糧とエネルギーが自給自足できなければ国家では無い。
どうもこの国は絶対的な危機意識が無さすぎる。思い切った方策をとれない。政治家諸氏は票勘定のみで走り、検察もマスコミも国家の汚職に対して及び腰。結果、国民は蔑ろで、国の負債が増えるばかり。エネルギーこそ根幹であって、インフラとしてのエネルギー無くして、国民の元気が生まれようがない。人である。人が中心である。その考えの下、挑戦者を褒め称えねばならぬ。自らも挑戦を続けなければならぬ。槍で刺され足をもがれても前進である。