動き始めましょう

4月は何かと騒がしい。新しいミッションが動き出す。身の回りしか見えないから自分だけが騒々しい目に遭っているのだと思ってしまうが、日本全体がそれぞれの次元でギアを変えるのだがら、全体としての変革は相当のものだ。節目という概念は好きでは無いが、このように社会の方が勝手に節目を作り出すからやむを得ない。これを無くしたり無視したりする必要は無い。まぁ、こんなもんだと受け入れる程度が良い。ケセラセラである。

地味が良い。地味に進むわけだが、昨日までで良い事は一つもない。保守の皆様は変革は全く生じていないと、旧態依然で進まれるわけだが、何故、理想を求めないのかと考え込んでしまう。小生もしばしば「日本には元気がなくなっている」などとほざいたりするわけだが、逆に「元気いっぱいで、世界に新しい笑顔を届けまくっている」という状況をイメージして欲しい。経験が無いから出来ないかもしれないが、チャレンジしまくって失敗ばっかりで、それでも更に挑戦できる毎日を送りたい。皆のスキルがどんどん高まって、より高い目標を目指している毎日。そんな日々を送りたいものだ。

とある映画を見ていたら、睡眠不足がやる気をそぐと言う。人類という生命体にとってどれだけの睡眠時間が必要か分からないし、個体差はあるだろうが、連日連夜、始発で出立、終電で戻るとか戻れないとか、そんな生活を続けたら、それは肉体も精神もおかしくなるだろう。ミッションを取り違えて、妙なサービスに走ってしまうとそうなる。だからミッションの精緻化は極めて重要だ。一方で、組織から見て為さねばならないミッションが抜けていたら、それは加えなければならない。一つ増やすなら陳腐は自動化するか消し去るかしなければならない。新規一件あれば、旧は二件を捨てる。改革とはそんなもんだ。

引きずってしまうのだ。楽だから。過去に必要であったサービスも、電子化が進み、そして受益者である顧客の能力が変わっているのだから、旧態依然のサービス体系で良いはずはないのだ。良いはずが無いからこそ、4月は泡立たしくなければならない。毎年度感じることだが、なんらかの節目というものがあるとすれば、この国ではお正月では無く、4月開始時点であろう。それが桜の威力なのかもしれない。遺伝子に刻まれた風景。それが文化であるとするならば、暦などには惑わされず、桜の頃にリセットが掛かるのだと思っていれば良かろう。一つ一つが重いお仕事であるから、一歩一歩大切に進めていこう。実行あるのみである。