買わない暮らし

今週は買うものが無いぞという路線でいっているわけですが、ネットの広告やクラウドファンディングの記事を見ても、所謂「代用品」が満ちているわけです。勿論、これは「小生にとって」というだけで、生まれたての赤ん坊殿に「既に持っているでしょ?」というのは余りにも脳天気だ。そんなことではない。それなりに生きてきて、それなりにモノを持っている者にとって代用品は「余程のモノ」でないといらない。

代用品ではなく、消耗品となれば話は別だ。伊達巻を作るのに巻きすを使うが、これなどは数を増やしてもなんら問題はない。これとても上等という部類のものがあるのだが、小生の技術では使いこなせないので、そのあたりのマーケットの台所用品のコーナーで十分だ。鍋・釜は別だが、他はそんなに拘らない。だから買うものが無くなってくるともいえる。

減圧・低温調理器を進められたこともあったが、小生は料理につきっきりというのが好きだから、目を離して何かが出来ているというのは好まない。勿論、そんなものもあるのだが、まぁ、味噌みたいなものは毎日眺めているのはどうかと思うので、つきっきりは火器を使うものでしょうね。黒豆などは鉄の釜で時間を掛けはするが、まるで目を離すということは無い。

一品一機能みたいに揃えていくと、あるいはダブりがあれば捨てていくと、この年齢になるとなぁんにもいらんなぁという気になる。車とて車軸が折れなくてパンクしなくてブレーキが利いて・・であれば雨風しのげればそれで良い。だからディーラーの前を通っても嬉しくもなんともない。加えて消費税が10%だ。今のうちに何かを買い込んでということかもしれないが、必要なのは食材程度だからそれもままならない。まぁ、そんな世の中だな。

増税

はてさて、我が国では車検という制度があって、まだまだ大丈夫という車でも、車検代金をがっぽり関係各位が争奪していく仕組みが確立されていて、気がついたら自動車企業に百万円オーダーで搾取される。政府はそれに税金を掛けて国民だけが疲弊する仕掛けになっている。うまい仕掛けであるが、国民は本当にそれで良いのか?

何も故障した車を運転しろと言っているわけでは勿論無い。一方で、車検に出したら悲惨な状況になって却ってきたことがあって、そりゃぁもう酷いもんだ。車検なんぞどれだけ適当にやってんだと怒鳴りつけたくなる。まぁ、そんなもんなんでしょうね。出来るだけ早く劣化させて大きな銭をふんだくるのが商売だからね。買ったら負けの代表格だ。

消費税がいよいよ上がるのだが、上げた分の半分を国民に返すなんて暢気なお方がおっしゃるが、税金は全て国民のものであることを知らないところが凄いね。国家の如何なることに活用しようとも、それは国民のためであるのは当たり前。半分だけしか国民を意識しないとしたら、残りの半分は何処に行くんでしょうね。

10%の消費税を思うと、3%になって物品税が無くなった時のほうがよっぽど良かったと思う。地方のために頑張ると言った国立大学は公立大学になって地域に尽くせという話も出ている。教育は100年の計である。今、ずっこけるとこれから100年、何も生まれない。そんな国家にしたいのであろう。階段をのぼりながらでも社会人が携帯を覗き込んでだらだら歩く程度の国だからそんなもんか。生き難い世の中だ。

巨大マーケット

名古屋に次々に現れる巨大マーケット。行ってみて思う、何処も似たようなものだなと。何が似ているかと言えば買いたいと思うものが無い。そう、何も欲しくならない。今の身の回りの物品で全てが満たされているということだ。駐車場に溢れているのは車であって、結局のところ、生活を維持できる、普通の製品というものが自動車しかないという恐ろしさだ。

臨時駐車場に停めて砂利道を進み、所謂裏口から入ってみると食堂街。知られた店舗名に長蛇の行列。日本人ってこんなに金持っているのかというちょっとびっくり。この他の食料品店舗に並ぶ人達。まぁ、食に関しては小生もその昔はいろいろと食べ歩き・?み歩きをしたわけだから、良いといえばそうですけどね。料理人殿達の技術の結晶に触れるのは楽しいものです。

雑貨や衣料品は何処を見ても何が違うのか。デザインはもちろん違うけれど、何処で誰が作っているのやら?地元のマーケットでも十分なものが手に入るので、何も好んで買うことはない。結局、ぐるぐると巡って何も購入しないで終わってしまった。年齢的なものもあると思いますけどね。年齢層によっては単に疲れるだけの巨大マーケットだなと感じるわけです。

巨大マーケットに何を求めるのか、そしてそのマーケットは何を喚起させようとしているのか。1980年代から様々な場所に巨大マーケットが出現し、船橋のそれは相当に初期のものであったわけですが、「大きいことはいいことだ」の号令の下、重厚長大なものを造っては捨てるを繰り返した挙句、本当に必要なものってなんなのだろうということを考えることもなく突き進んだ結果なのだろうなと、マーケットを歩いて感じる今日この頃。はてさて、世の中何処に向かいますかな?悩むのも良いと思う週の初めてであります。

地元が良い

温泉ネタでも語れば、それこそシャドー温泉的に、少しはストレス低減に繋がるかと思えば全くの逆効果、山にも温泉にも行けない日々に死に体になるばかり。まぁ、そろそろ地元というかその辺に直ぐに行けそうなというか、愛知県下のお話をしようではないですか。愛知県にも素晴らしい温泉が沢山。最近通うところはほったらかして、やはり、秋に良さげなエリアのお話を。

1500万年前、奥三河の宇連山、を中心としたエリアに富士山クラスの大火山が聳えていたことは記憶に新しい。中央構造線が生き生きと活動し日本中でカルデラ噴火が起こっていたころだ。その名残か、新城以北の飯田線沿いには温泉が湧き出ている。スーパー銭湯的に温泉が見られるが、南の端となると湯谷温泉だろうか。鳳来寺参りの帰りに寄るのも良し、玖老勢から岩を縫い、頂上を巡ったのち反対側に降りるも良し。

最近、三遠道路というのが出来て、今のところの終点の蓬莱経を降りて少し南下するとうめの湯があるが、まぁ、ここは何も言わない。それよりも明神山山頂から眺めることが出来るとうえい温泉が宜しい。山頂から眺められるということは、露天風呂から山頂を眺めることが出来るということだ。公共交通機関からでは登り難い山であるがゆえに、百名山から外された山だが、秋から春であれば、晴天であれば富士を拝める。奥三河から富士山にご対面できるのだ。有難いではないか。

もうちょっと北に行きたいということであれば、ベッケライ・ミンデンでドイツパンを購入する序に、豊根の温泉に寄るのが宜しい。ここでは季節が合えばブルーベリー狩りなども楽しめる。これらの温泉は全て源泉かけ流しという看板があるが、真実は闇の中だが、先述の様に大火山帯であったわけだから、温泉の一つや二つは出るだろう。中央構造線に沿って大鹿村の塩泉まで出かけるのも乙なものである。自らの拠り所の大地すらろくに散策することもなく、知ったような面はいけない。歩く、そして温泉に入る。また楽しからずや。

陸上進出

大いなる敵が現れ、水辺に樹木が生い茂る中、枝葉が水辺に落ち泳ぐことすらままならない時、アカンソステガは地を掃う様に歩き出した。争いを避け、巨大な敵から逃げ、浅瀬や水際に進出した時、陸上生活に適応し始めた。海水域から淡水域へ、そして地上へと、平和を愛した先祖殿は数百万年間水辺で進化を重ね、ついに陸上へと推移した。3億6千万年前の出来事である。 

それ故に、人類は温泉を愛するのではないかと勝手に思っている。海水という母なる領域の成分を遺伝子が求め、それと出会うことでリラックスする。特に数百万年も植物性有機物の「水たまり」に居たもんだから、植物性有機物のフミン酸などが含まれている温泉は、短時間で温まり、実にゆったりできる。 

これを「モール泉」と呼ぶのだそうで、元来はドイツ語の亜炭のことらしい。植物由来の温泉の一般的呼称となっているんだそうだ。大陸性の大地である日本海側に多く見られるが、小生的には石川県内のモール泉が肌に合う・・ことが最近分かった。通常の温泉などは毎日行ったら飽きるのだが、これはなかなかにして心地良い。妙な珈琲色に最初は戸惑ったが、入ってみるとこれが実に宜しい。 

温泉の色は様々あって、真っ白なものなどは、これは見た目にも美しいのだが、抹茶色とはどうなってんのと調べてみると、フミン酸は可視光の波長を吸収するのだそうで、黒く見えるのだそうだ。めんつゆに飛び込んだみたいで愉快である。処変われば温泉も変わる。それもまた醍醐味であろう。遺伝子がそう語っている。

 

 

造山運動

火山があったり活断層があったり、様々な理由で温泉が湧きだす。静岡から九州に至るまで、フィリピン海プレートが海水を十分にため込んで、軽い大陸プレートの下に潜り込む際に生じる摩擦のエネルギーがマグマを生み、その熱エネルギーが熱水を作り出し温泉になる。硬い岩盤も水と圧力があると水飴の如くにドロドロになる。噴火のかたちで人間にとっての災害を生むわけだが、地球誕生から継続している出来事に対して、人間如きが文句を言えるものではない。

高圧下では100度以上で沸騰するわけだが、それが大地に出てくるときの凄まじさ。日本では様々な場所で見ることが出来るわけで、それを捜し歩くのも面白い。直接の噴気孔などは頑張らないと近寄れないが、北海道の硫黄山などは足元から突然黄色い噴煙が上がったりして、恐ろしい。記録によれば8000年も前から噴気を上げているという。

そこまで激しい温泉というわけでは無いが、安曇乗鞍温泉などは山体全体が熱く、標高が高い中での温泉故に、やや、空気が薄くそれがまた楽しさを増す。壺のように繰り抜いた湯壺に身を沈めるわけだが、まさに山の中であって、愉快な気分になってくる。平湯まで行ってテント泊をし、翌日は新穂高ロープウェイを蒲田川沿いに下った川べりのスーパーオープンな露天風呂にどかんと浸かるのが良い。

川沿いだろうが山の中だろうが恐ろしい程に温泉が湧きあがり、相当に大地が冷えているんではないかと、遠い昔は思ったものだが、大地のエネルギーが次から次へと温泉を生んでいることを思うと、そんな心配は「今のところ」単なる心配であると分かる。若僧が温泉に入っていると人生のベテランの方々がいろいろと教えて下さる。それがまた面白い。そんなお付き合いは一人旅でこそ得られる。これからもしたいものだが、はてさて、いつになることやら。

のほほん

戯言だから暢気なネタが本当は良いのだ。日向で猫が寝ころんでいたくらいが丁度良い。秋らしく朝夕は少しは快適というところだが、この連休中は日中は「暑く」車に乗ればクーラーを使うという状況であった。暢気なネタということで「こんな温泉」が記憶に残っているというような、個人的趣味を語ってみたいと思う。 

それこそ川っぺりにどんごどんご沸いている川浦温泉。どこだそりゃという方が多いと思うが、縁者のお陰で最も記憶に残っている温泉になっている「気がする」。気がするというくらいだから、この40年間、行ったことが無いという、それでもネタにするのかというお叱りを受けそうだが、少なくとも10回は行ったぞという、小生的には珍しい温泉なのである。信玄公が通った温泉ということで、山梨の一部の地域の方には「良い感じ」の温泉である。 

今はネットで見る限り、随分と立派な施設になってしまっているようだが、広瀬ダムもできておらず、笛吹川の上流のそれはそれは野趣たっぷりの温泉であった。基本的に川っぺりに源泉がごぼごぼと沸いているのであって、川の水を取り込んでいかないと熱くて茹だるみたいなところであったと記憶している。 

東京の小菅村から川浦辺りは、兎に角アルカリ泉であり、肌がすべすべというか溶けてなくなりそうな恐ろしさすら感じる。Ph9.98程度のものであるが、そんなところに入っていていいんかいという、化学を学んだ者にとっては凄まじく、大丈夫かという感じすらする。小菅も川浦も行くのは「ごっちょうでごいす」というところだが、残りの人生でひょっとすると一度くらいは再訪するかもしれないなと思っている場所であります。

 

自業自得

投資をどう回収するのか。組織運営において最も重要な項目である。KPI設定は極めて楽ではあるが、その到達はなかなかにして困難である。遊園地と勘違いされると大弱りだ。安直路線に身を置くと、真摯な座席に着座する事が困難になる。

成すべき事から逃げるのであれば、そこには居場所はない。当然の末路であって、自業自得だ。自業自得という文字面を見ると、恐ろしい言葉だなと感じるわけだが、他人のせいにしたがる人類には自らの鏡的に見つめないといけない言葉だ。

出掛けて行って話を聞いて頂いて納得を得る。極めて困難な作業ではあるが、それが任務なら逃げてはいけない。逃げるとそれは癖になって、戻る事は出来ない。そうなると組織の一穴となり、崩壊に向かってまっしぐらだ。

そうなっては元も子もない。そうなる前に強権発動に至るのか?それも間違った方向であって、それはさけなけねばならないが、万が一ということもある。気持ちを緩やかに持って、選択肢を幅広に持たねばならない。これも自業自得だと自らに言い聞かせて今日を過ごす。そんなもんだ。

暗箱

技術の進歩が加速させるブラックボックス化。ボタン一つで結論が出る。AIの進化は更にそれを進める。スマホなどが今程の低価格を実現しているのは、まさにブラックボックスのおかげである。なんだか全てがゲーム化されている感じがする。予定調和の中で考えたふりをする。ボタンか無いと何もしなくて良いと威張りまくる。魂消る。

産業界でもいよいよもって影響が出てきているようだ。壁前面に広がる電光パネル。その中に何があるのか考えることも無い。それはそうだろう。学生の時代からボタンの中で生きているのだから。判り切った過去を教科書として学び、それを具現化させる装置と呼ばれる魔法の箱と戯れる。与えられる箱から出てきたものを疑いも無く受け入れるが、人から受けたものは信じない。そんな時代は何を産むのだろう。

ボタンの無い時代であれば当たり前の経験が、ボタンによって未知の過去になる。ゲームと言う決定されたストーリーだけに安住の地があると信じ、ひたすらボタンを押し続ける。そしてAIの台頭によって押すボタンすら取り上げられた者たちは、一体、どこに行くのだろう。それが技術の革新ならば人はその世界で何を実行するのか。脳に電極を突っ込まれて、マトリックスの世界になっていくのだろうか。

現実が仮想であるとするならば、血と汗は何に何の価値があるのか。価値の無い努力で切羽詰まる毎日を送ることが与えられた経路ならば、それは悲惨過ぎるのではないか。ブラックボックスが何を生み出していくのか。数ナノメートルの中に記憶がある世界。ブラックボックスだが、停電になった途端に何とかしろと叫ぶ大人たちがTVの向こうに居る。ブラックボックスの世界では無い世に生きた方々が、自らブラックボックスになっている。そんな日本にどんな未来があるのか。恐ろしい事だ。

手観音立像

蓮華王院三十三間堂の通し矢。小生の後輩がアーチェリーなら当たり前の距離なのにと言っていたことが懐かしい。それこそ三十三年前の出来事で、えっらく昔のことなのに今のことの様に思い出す。三十三間堂の仏の世界は恐ろしいほどだ。通し矢の軒先に刺さる江戸後期の矢の凄まじきこと。執念を感じる。 

偶然にNHKで昭和の通し矢を見た。戦後、途絶えていた通し矢に挑む弓道者の物語なのだが、その壮絶なることたるや。武士道はとうに途絶えているが、人間を超えた何かを見た気がした。挑戦とはこれだと。風神、雷神が見守る中、黙々と弓を引く凄さ。人間を はこんな事が出来るのだなと、自分も頑張ろうと震えたことを覚えている。 

その三十三間堂に安置される平清盛寄進の千手観音像が久し振りに勢揃いしているらしい。いつもなんらかの理由で欠員が出ていらっしゃるのだが、この数ヶ月だけはお出ましになっておられる。あの仏の世界こそ、人間の執念と思うのだ。来世にかける想いがおどろおどろしい。

清水寺のご近所と言うわけでは無く、そのために行かないと、何かのついでにということが難しい蓮華王院だが、千体仏の勢ぞろいは出会ってみたい気もする。平安期から立ち続けるからには、なにか訴えるものがあるはずで、その語り掛けに耳を傾けたい気もする。芸術の秋。如何だろうか。