AIの現実

久し振りの土佐の高知ははりまや橋で、初はりまや橋体験のA君と共に「・・・・」。まぁ、私設の橋が由来ですからね。桂浜に渡る巨大な橋などと比べてはいけない。元国宝のお城など見ながら、国の在り様に「大丈夫じゃなさそうだ」感満載で戻ってきたわけであります。7時の飛行機で到着、8時過ぎの飛行機で帰名と、その後も会議だなんだと、いつ、魂が肉体を離れて不思議な世界に行くのかと思ってしまうわけですな。

何しに行ったんだと言われれば、国の命令としか言いようが無いのですが、これはお仕事のエビデンスを獲得するための全国会議とでも言いましょうか。国がオリンピックに入れあげていく中、どうやって大学を存続させようかと言う会議だったわけです。まぁ、泣き言は聞いても仕方がないので、有るべき姿を語ったのみですけどね。衝撃だったようですよ。知ったこっちゃない。

基本は、天下国家が進むべきはこっちという、ベクトルを持っているか否か。間違っていようが、ベクトルは大事。重みをきちんと考えて方向性を持つ。それが「価値」に繋がれば良いということだ。価値に繋がることなく、過去のやり方だけを大事に守る方は、計算機の処理能力が人間を超えた今、存在価値は「全く」無い。

加工も同様だ。まぁ、多くを語る必要は全くないのだが、パッケージされて価格が付いているものを信じるのか、初学者の疑問に耳を傾けるのか。後者を取らなければ日本は等比級数的に沈下し、給与泥棒が溢れる国家のレッテルを貼られるだけだ。ジェネラリストなど要らない。本当に要らないのだ。AIが居ますからね・・と、国家的方から直接伺った。思っていた通りの国になっている。そういうことだ。