月が笑う

天頂に三日月が笑う。そんな薄ら寒い朝の季節。地球が誕生しつつある時に地軸を安定させるためとしか言いようのないイベントによって月が出来た。すぐそこにあるようだが、1.3秒前の状態だ。太陽に至っては8分前の状態で、正にタイムマシンがそこにある。宇宙だって128億年前の光が観測されるから、128億歳だと学者の方々が仰っているだけで、その向こうに何があるって仮説だらけだ。

宇宙を想うと仮説だらけで、好き勝手にイメージを膨らませることが出来て愉快なのだが、我らが地球上で起こっていることはほぼほぼ同時に眺めることが出来、逃避するわけにはいかない。某原発会社を買ってから急転直下したお企業があるが、子供の頃から当たり前にあった大企業が、かくも簡単に転落・沈没するものかと改めて驚かされる。驚くというか、う~むとうなる。当然のことながら、大学とて同様であって、前向きの展開に恐怖し、怖気づいたら同じ運命をたどる。それが自然の摂理であろう。

おにゅうなことを起こすと、今までとの不整合が必ず生じる。不整合が無いように気を遣うことは勿論なのだが、なんせおにゅうだから、本部殿はてんてこ舞い。まぁ、小生的には本部なるところはてんてこ舞うのが商売のはずだから、てんてこ舞わせて頂いて感謝しますくらいのことを余裕で言って欲しい。やんちゃなおたくが世界を変えるのはエントロピーの増大を考えれば当たり前のことで、てんてこ舞いスイッチが入るたびに大騒ぎするなと、ぺしっとやってやりたくなる。

まだまだというか、なぁんにも変わっていないと感じている。まぁ、例によって一歩一歩である。月の満ち欠けを想えば、変わったなと思っても、本体は何にも変わっていない。太陽と地球との関係で「そう見える」だけであって、本質は変わらない。それでは改革ではないのだ。変化は不可逆の覚悟を持って起こさねばならぬ。だからこそ慎重に活動せねばならぬ。過去を宇宙に見ることが出来ても過去に戻ることは出来ない。それが宇宙の摂理であるならば、過去を懐かしむことなく夢を託せる未来に挑もうではないか。そう思う。