自動化

終着駅の周りに自動車販売店がやたらと軒を連ねる。驚くほどの数だ。そして、営業時間帯には購入希望者と思しき方が、ほぼ、いらっしゃる。必ずとは言わないが、かなりの確率で打ち合わせをしている。車を購入する余裕をお持ちということだ。と、言うか、車を欲する気持ちがあるのだなと、こうやってガソリンを燃やす方が増えていく。確かに便利なツールである。世の中に出た途端、いろんな人が作って、そして買って、道路が整備された。

これ程に世の中に便利と富とをもたらしたツールは他になかろう。スマホもそのたぐいかも知れないが、自動車の販売価格を考えると、その影響力は桁違いだ。と、思っていたのだが、果たして本当か?スマホが3億台、自動車が5千万台。高いも安いもあるのだが、それを作るのに必要な装置群は、まぁ、自動車のエレクトロニクスをセットアップするのに必要な機械で、携帯も出来てしまうのかも知れないが、金額だけなら似たようなところに落ち着いているのかも知れない。

しかし、自動組み立てという点においては、自動車は圧倒的に分が悪い。流石のイーロン・マスク殿も人力はまだ有効ということで、若干の人力を活用しているが、スマホとなると、ほぼほぼ自動で組み立てられていってしまう。というか、細かすぎて人間の入り込む余地が無いくらいになっている。人力も必要とされるが、その数は圧倒的に少ない。すると売り上げに対する人件費は下がるわけで、儲けは必然、大きくなる。

雇用がそれ程生まれないということだ。これからのモノづくりの方向性が間違いなくこっちにある。勿論、裕福な諸氏は高級な手作り家具だとか、ロールスロイスだとか、人力の権化みたいなものと暮らすのでしょうけれど、チーム無縁のメンバーとすると、無人化量産品に囲まれて生きることに成る。売れるものを教えてくれとか、40万円の手間賃を出したくないから補助金を求めるとか、なんだか身の回りがどんどん暗くなる。泣けてくる。