学びなさい

子供が減るから大学は無くなるべきだとの意見は根強い。GDPは謎の株高が押し上げるのだが、経済という魔物は恐ろしい。子供が減るなら、手厚い教育が出来て、一人に掛ける時間を多くしようとはならない。昭和30年代後半から40年代にかけて、プレハブ校舎が立ち並び、何処を見てもがきんちょばっかりという時代は遠い昔である。郵政民営化に倣い、国立大学民営化の流れで法人化してきたわけだが、そろそろ限界ではないかと感じるところがある。

海外の大学を見てきて、パブリックスクールは寄付をじゃんじゃか貰っているから日本も出来るでしょとか、税制を全く変えずに無理を言う。確かに法人化されたのだから、運営費交付金が平成15年度交付を基準として、毎年0.8%ずつ減らすということがずっと続いてきて、それは今後もそうらしい。日本全体とすると凄まじい額になるわけで、巨大な大学から合体して合理化しようと挑戦するわけだが、その魔法はいつまで続くやらである。

教育機関であるから、世界をリードする教育をするのは当然で、それはどのような教育なのかを考え続けなければならない。お上は若返らせることで、給与総額が減らせるでしょとか、高齢者をいつまでも雇っているからだと言うのだが、教育の質保証などどこ吹く風である。最近の半導体製造に掛かる教育に対する圧力もそうなのだが、育った後に行く当てが無い学生を育てて良いのか?半導体等高度の学びを必要とする分野は博士課程の取得は必須だが、博士取得者を雇用する企業が無いのに、何と無責任なと思うばかりだ。

博士取得は並大抵のことでは無い。どれだけ必死に打ち込み続ける事か。その果てにその高みに上るのだ。上ってみると分かるものだ。努力は人を裏切らないということを。その過程で得た知恵は誰にも盗まれないということを。未来を作れと簡単に言うが、少なくとも今、トップで無ければ未来は見えてこない。量子コンピュータが普通に動くようになったら、今流の研究など無くなってしまうと思うが、それまでは人が頑張らねばならない。その仕組みが人の減少と共に減って良いとは思わない。そこは譲らない。