納税に想う

まだまだ大寒期間中で朝の冷え込みは厳しい。厳しいとはいえ、その昔のように、駐車場の車たちが真っ白になっているという朝は少なくなっている。それが温暖化ということなのかもしれない。しかしながら、太陽は南半球寄りにあるわけだから、当分の間は北極から寒気が流れ出てくるわけだ。夜明け前に起きだして職場に出てくる生活をしていると、太陽が昇ってくる位置がずれてきていることと、白く成りゆく時刻が早まっていることを実感できる。宇宙は停まっていない。愉快である。

政治家の活動などにイラついても仕方がないのだが、税金だけは何が何でも民から引っぺがすくせに、自分たちは日常的に脱税を繰り返す。初めての渡米の際、たまたまというわけではないがインデペンデントデイで、ワシントンのオベリスクが無料開放されていた。列に並ぶ米国人に「お前はいつワシントンに来たのだ?」と問われ、昨夜に着いて某安宿に滞在したと言うと、「それではお前はここに並ぶ資格がある。税金を支払ったからだ」。強烈な印象として残っている。

それがこの国では政治家が脱税をしてもとがめられない。トカゲのしっぽは切られるが、検察すらそれを認める。ということは、司法の世界すら脱税を擁護しているわけで、国民も税金を納める必要などなかろうと思ってしまう。そんな国において、教育費はどんどこ削るという。しかし子供は増やせという。なんのこっちゃである。競争して奪い合う研究費は増えているが、教員養成のための人件費は着実に減っていく。教育で税金を納める者が減るから、大学を減らすのか?なんだか鶏と卵で妙な話だ。

入試シーズン真っ盛りで、様々な入試が繰り広げられて、受験者には数多くの機会が与えられている。それぞれの入試において開催側からすると求める人物像が異なっていたりするから、自分はどのようなことを将来成し遂げたいから、この大学のこの入試を選ぶのだという強い気持ちを持たねばならぬ。そうでなければ来なくても良いと言われるだけである。もう少し政治家諸氏が天下国家の将来を思考してくれないかなと、無いものねだりをしてみたりもするが、自助努力と言われて終わる。賽の河原の石積である。