年度納め

3月30日で金曜日。明日は土曜日だから、基本、今日が年度末の出となる。本年度も多くの皆様にお世話になり感謝申し上げます。センターの見直しを進め、一歩踏み込んだ機構となり、戦術の選択肢が明らかに増えた。それらを整理し、より一層の改革を進めなければならない。でもまぁ、新年度の前に深呼吸して一息つきましょう。

昨日、刈谷と岐阜に出掛けたのですが、午前の刈谷行きにおいて電車が遅れ、午後の岐阜行きにおいては電車が来ない。名鉄で岐阜に行ったのって記憶に無い。そりゃぁわざわざ遅い電車に乗るわけが無いのでそうなるのだが、最近の鉄道のダイヤの乱れには辟易する。日本のモノづくりも地に落ちたなと実感する。

その逆に、中小企業の技術力とモノづくりをしようという意気込みには感激する。1年間の仕事づくり講座をひとまず終えたのだが、これが実に素晴らしい成果であった。自分探しの旅を続けて、やっと目的地が想像できるところまでやってきた。これが大事で、樹林帯の笹薮を漕いでいる状況から、目指す尾根が見えたような、そんな気持ちだ。

自分の足元を見てもまだまだ笹薮。見渡せる岩稜帯はまだまだ見つからない。だからこそ一歩一歩である。ゆっくりとだが確実に進んだ1年と思う。単純と堂々と。それだけだ。

新築現場

棟上げを見た。集成材と人造ボードでぱたぱたと作られていく。最近では3Dプリンタで家まで作ってしまうらしい。それこそプラモデルである。考えてみればそんなもので良いのかもしれない。いや、むしろ、腐食しないという点において、そして隙間風も入らず、完全密閉を可能としたいなら理想的な作り方かもしれない。建築とは言いそうにないが、まぁ、そんなものかもしれない。

俗にいう駅近物件で、どれだけの価格が付くのか分からないが、朝に棟上げだなと思っていたら、次の朝にはほぼ出来上がっている。あとはサイディングパネルを張り付ければ完成というところだろう。棟上げがあるだけ良いのかもしれない。工場で組み立てられ、ブロックをクレーンで重ねればいきなり電気水道工事が入って終了という場合もある。

学生時代、枝豆畑だった目の前の土地が整地され、土台が出来たなと思っていたら、ある日、トラックがやってきて、部屋のユニットをどかどか重ねている。ほぼ半日だったと思う。いきなり2階建てのアパートが出来上がってしまった。そんな中で棟上げがあるだけでも立派なものか?どっちが頑丈か分からないが、恐らく、4月の新学期に間に合わせるのだろう。瞬間芸である。

緑区はド田舎で、まだまだ田畑が沢山ある。それが見る間に宅地に変わっていく。やや寂しくもあるが、名古屋駅に直通の地下鉄が通ればそれもそんなものか?接着剤で固められた木っ端に住む。どうせ壁の中身だ。シロアリも寄り付かず理想かもしれない。人はどこまで横着になるのか?これがテクノロジーか?と疑問を抱きつつ、10年後にはどんな住宅建築事情になるのか、ちょこっと楽しみな私であります。

新緑

満開になると歩くルートがある。辿ってみると葉が混じった桜がある。あれと、辺りを調べてみると数本ではあるが葉桜状態。奇妙な光景である。で、ふと気が付くと、既に銀杏は若葉を吹いている。もうそんな季節なのかと、今日は25℃まで上がるという気象予報に首をかしげる。今年はどこまで気温が上がるのか?

明け方は羽織るものが必要だが、日中はYシャツ一枚で過ごせてしまう。無理に上着など着る必要は無い。一気に散ってしまうかもしれない、そんな勢いだ。これだけ一気に気温が上がると、山の雪も加速的に消えてしまうだろう。そうなると、海に供給される山のミネラルのバランスが崩れて、海の魚の生態系も変わってくるだろう。乱獲と相まって得られる海の幸も大きく変わるかもしれない。

ここ数日、すかっと晴れて恵那山がよく見える。まだまだ稜線には雪が豊かだが、気温が高くなりすぎるのはよろしくない。まぁ、温暖化は間違いなく進んでいるし、今日明日に騒いでも何の意味も無いのは分かっているのだが、満開の桜に若芽は画竜点睛というもの。変なものは変。

南の沖合には台風もいらっしゃる。こうなってくるとなんだか冬と夏しかない国になってしまったかと錯覚するが、気が付けば間もなく4月だ。直ぐに新入生がやってくる。これ以上に引き締めようが無い気持ちだが、気合を入れていこう。それだけだ。

年輪

昨日、卒業式だったのですが、名工大、随分と晴やかになりましたな。小生が名工大に初めて訪れたのは平成4年だったからかれこれ26年も昔。2号館の前身の建物を撤去し、だだっ広い空き地が広がっていた。その頃「男子校かここは?」と思ったことを覚えている。ガマの油売り大学には教員養成ということもあったけど、女子がわんさかいらっしゃって、その差が激しかったせいもある。

灰色装束一色の男子も、それはそれで凛々しいが、壇上からだと暗闇で何も分からない。その中で大輪の牡丹の花の如くの着物姿、諸外国の民族衣装はそれはそれは美しく、見目麗しいではないか。きょろきょろするわけにいかないところに座らされているので隅々まで眺めたわけでは無いけれど、視線の範囲にどれだけいらっしゃったか。まぁ、一人でも10人分ぐらいに見えちゃうから、大勢いらっしゃったように感じただけかも知れない。

自分の頃を思い出そうと、帰りの桜並木で頑張ったのだけれど、特に4年生の卒業式はほぼほぼ覚えていない。自分のボスが確か学類長(まぁ、学部長ですな)だったから、段の上にいらっしゃって、凄いなぁとそれだけは覚えているのです。5年一貫の大学院だったから、2年目の修士などは課程長のお部屋に行って修士号を頂くのだが、「机の上にあるから持ってって、冷蔵庫にビールがあるよ」と素っ気ない事この上なし。

博士号の時は、総長が謝恩会で「○×▽□!!!」(とても書けません)と気炎を上げていらっしゃったことだけははっきりと覚えている。強烈なことだけは覚えているのだなと苦笑い。まぁ、そんなものなのかもしれない。毎日毎日、恐ろしい程に行事があり、それこそ一週間前のことなど何も覚えていない。突き進むのみである。卒業式という節目も、年輪の一輪に過ぎないのだけれど、でも頑張った証として写真でも見返そうかなと、ちょっとは人間らしいところもあるなと苦笑いの私であります。

爛漫

業を卒えると書いて卒業。卒の文字を調べてみると様々な故事来歴が出てきて面白い。大学であれば4年間の業を終了し、卒業ということなのだろう。4年間。良い区切りである。産学官連携センター長をお引き受けさせて頂いてこれまた4年間。一区切りである。次はいよいよ機構としての区切りの新年度。弛まず一歩一歩進むのみである。

満開の桜、見事なものである。一方、足元の下段に目を転じればそこにも綺麗に花壇が百花繚乱。これまた見事である。上ばかり見ていないでしっかりと足元も見よということか。学ばせて頂ける。大仙院に舟石という銘石がある。大海に乗り出していく若者はかくあるべしとの表れだが、まぁ、小生の戯言に依らずその目でご覧あれ。そして学びなされ。

名古屋市公会堂が未だに工事中で、今年も金山に出掛けねばならぬ。大学と結構離れてしまい、卒業式の気分がやや薄れるのが残念だ。やはり鶴舞公園の桜の園が良い。桜はやはり良い。良いのだが、ソメイヨシノの寿命は大略100年。そろそろ初期の桜は枯死を始めるだろう。それもまた道理である。人の手に依るものはすべからくそれで良い。

卒業しても次の業を身に着け活用し、社会の役に立つ必要がある。卒業など永遠に無いのではないか。生ある限り卒業は無い。だから努力しなければならない。それもまた一歩一歩である。人を羨むことなく蔑むことなく、ただひたすらに努力し続ければ良い。立ち止まっても良い。しかし、また一歩進まねばならない。それが人生である。

工学

学理の探求から得られた結果を、どの様に社会にとっての価値に転換していくかという学問が工学であろう。様々な捉え方があって良いとは思うが、小生はそう考える。どのように成果に繋げていくかそのストーリーこそ工学人が描く物語だ。より多くの人が関わる物語を描いていく。完成する事の無い物語。今日できた物は既に次の瞬間には既に過去の遺物。それが工学人の宿命。それを面白がる余裕と先人への尊敬こそ持つべき意識だ。

関門トンネルも青函トンネルも、先人の偉大なる技術の成果だ。老朽化が問題となっているが、それが工学だ。明日のために過去を学び、常に刷新を続ける。その歩みは止めてはならぬ。根幹は基礎学理の探求である。何故こうなるのか解らないということがあれば、それは今の理解が間違っていると、自然に頭を垂れねばならぬ。それを数の論理で押し通すようなことはあってはならぬ。ノートの書き換え、データのすり替えみたいなことが起こってくる。

たとえ散ったとて、そこには桜があり、また咲いてくれると期待する。それと同様に人はあるべきだ。だからこそ日本人であり、信頼し合う民である。咲いてくれた桜に「おかえり」と声を掛ける優しさと包容力を抱くべきだ。倒れてもひっくり返っても、歯の食いしばりと血の滲みに敬意を払う。それが工学だ。真理の探究から産まれる学術を、笑顔を産む価値に変えていく。それこそが工学人のあるべき姿だ。

大きな組織を求める声が上がり始めていて、小生の耳にも入ってくる。それは違う。組織ではなく、何を成すべきかの理想を問うべきだ。寺子屋が民主主義を作り得た様に、学び知恵に変えていく為に大きな組織とは異なる指向性を持った組織が必要なのだ。供に活かしあえる。尖った技術を持ち、大きな組織とも堂々と会話が出来る。供にポジションが異なるのだ。同一視してはならぬ。

斯くの如し

いよいよ名大の拡大路線が新聞報道された。時期的に特区大学を目指した打ち上げ花火だ。当然のことながら本学にも様々な影響があるだろう。法人化時の遠山ショックは記憶に新しい。一緒になったらどうだという声掛けの向こうにあったのは、第二工学部の看板と人員90%減。「論文が何報無いと解雇」だとか、キャンパスの移設だとか、様々な雑音が入り乱れ、結局、鶴舞の地で毅然と工学教育の礎と成っている。

少子化になる、だから教育者は不要という、財務省の圧力に屈する我が親方だが、胸を張って仰って頂きたいこと。国家の根幹は教育にあると。少子高齢化だからこそ、一人一人に固有の「智」を教育しあうチャンスだ。学校を減らす、教師を減らすのではなく、教育者を育て少人数で個々を伸ばし合う教育を実現する機会到来である。100歳まで働けというのであれば、伸びたい若者に超技術(工学だけではない、全分野である)者を招聘し、学び合う場を構築する好機到来である。

大学個々の外部収入を昨年度末比3倍にしろという。東海機構で見たら3倍なんてまやかしは通じないだろう。学校名を残すと言うが、それで統廃合と文科省は認めるか?今のところモデルとされてはいるが、次のステップは言わずもがなだ。遠山ショックを体験した者にとって、甘い言葉はこの世に無いとトラウマとなっている。ポストと土地。徳川時代の江戸時代は未だに終わっていない。維新など遠い遠い。

大切なのは研究者が良い研究を行って科学研究費をじゃんじゃか獲得出来ること。それをどのようにアシストさせて頂けるかに尽きる。産連機構でなせることは、目に見える形では大小の研究機器を論文で通用できる精度で維持管理、そして発展させ続ける仕組みを作ること。更には様々なファンドの情報をいち早く入手し、関係各位に広め、エディットに関与させて頂くこと。その為には様々な裏方仕事が必要になるが、まだまだ到達していない。これまでに様々な黒船がやってきたが、今回も強力だ。私の信念は斯くの如しである。

新しいこと

最初に磨製石器を創った人はどんな人だったのだろう?それを創ってリーダーとなったのか、リーダーにせっつかれて何が何でもの気持ちで創ったのか。それは最早知る由もないのだが、どんな時代にも行けて誰に何を聞きたいかと言われたら、何故石器を思いついたんですかと聞いてみたい。割るだけではない。偶然の産物でもない。何らかの目的で、そしてその行為がどのような結論をもたらすのか、考えていたに違いないのだ。

何処にも教師など居ない。正に、自然そのものが教育者であり、そこから閃いて自らの手で形作ったのだ。偉大なる行為である。教育とはすべからくそうあるべきである。こう成し遂げたいと思った時、その最適任者が居るのであればその方にお願いしてみようではないか。しかし、どうも、官僚となるとそうもいかないらしい。政治家にたてつくと永遠につつかれる世の中は住みにくい。

智に働けば角が立つと仰ったのは漱石先生だが、石で口を漱ぐという漱石という名も相当に社会を斜めに見ていらっしゃる。性善説で真っすぐに前を向く人と、性悪説で斜めに見る人と両方が必要だ。簡明直裁に生きてみたいが、世の中はそうはいかない。人の数だけ思いがあるから想いは通じないと考えた方が宜しい。しかし、通じないから諦めるのも馬鹿馬鹿しい。諦めるなら考えなければ宜しい。何か決断したのなら実行すればよろしい。他者の批判など無視すれば良い。

今も稲穂を刈り取る程に鋭利な磨製石器。黒曜石の打製石器に負けず劣らず、人の細工は物凄い。その目的を見出した感性も素晴らしい。我々はその遺伝子を受け継いでいるのだ。自らの手で何かを生み出す。それこそがネオジャパネスク。一歩進まねばならぬ。今日はそうしよう。

開花

開花した。春である。小生は名古屋において基準僕を決めているが、今朝、そこに5輪の開花を認めた。花曇りとは良く言ったものだ。今日からやや気温が下がり3日ほど陽が陰るらしいから、満開までは大略10日程だろうか。今年も賑々しく、心晴やかにして頂きたいものだ。桜力の物凄さよ。

一時前に、最初期のソメイヨシノの絶滅が予言され、人工的創造物の儚さをおもったものだ。何も勿体ないというものではない。やはりそんなもんだろうという、所詮、人間如きが神の創造の様に永遠に輪廻出来るというものでは無かろうにと感じたのを覚えている。しかしながら、やはり大樹となったソメイヨシノ程、「わぁ」という得も言われぬ心持にさせてくれるものは無い。瞬間瞬間の煌めきと潔さ。

つい、一月前には大雪で福井路が遮断されたのなんだのとニュースになったわけだが、ひと月経ったら雪は消え桜である。日本は明確な四季がある国だと改めて感じる。記録的な寒波の年であったが、一気に加速し、暦通りになってくる。暖かくなる速度が大き過ぎるとも思うのだが、薄着で活動的になるのは悪い事ではない。今年こそ、低山であろうが、山に行ってみたいものだ。日程表を見てため息が出る。

毎年毎年やってくる正月のようなものだが、決まっていないからこそ期待は大きく、そしてその期待は裏切られることが無い。桜花爛漫。人もかくありたい。そう思う。

久しぶりに戯言っぽい

今日では無くて昨日のお話で恐縮である。

文科省のお仕事が終わった。帰りの新幹線は唯一のご褒美時間と捉えている。時刻的にメールがじゃんじゃん入るし、季節柄、A席に居る小生には西日のアタックが厳しい。某省庁との「友好的対話」(としておこう)が一段落し、次の提案を定量的に思考しつつ、落陽に向かうN700のなんと勇ましいことか。まもなく日没であるのだが、小生の心の中では日没など一度も無いのだ。宇宙空間に漂っていると、常に何処かの太陽が、眩しさを演出してくれる。そんなもんだ。

オブラートに包まねばならないところがもどかしいが、我が国の置かれた状況は極めて厳しい。この戯言に対しても、複数の某省から「お手柔らかに」と言われてしまうと「このすっとこどっこい!○○○×△□・・・」と言いにくい。大人になったもんだ。腹立たしいので、Y先生が機構長弟子の戯言とか言っちゃって、天下煽動組織への辛辣な暴言展開があればよろしい。密室では言うのだが・・・なんて自分が悲しくもある。

そもそも論だが「○長のたわごと」は、平成5年にNiftyServeで始まった愚痴掲示であって、今ならツイッターみたいなものの先鞭かしら?よく解らないけれど、学者があるべき姿と言うか、てやんでぇべらぼうめぇみたいなスタイルでスタートしたものだ。某出版社がそれをトレースしていて「今こそ紙媒体で!」・・冗談では無い。

霞ヶ関のビルの一室では、間違いなく国を憂いている民が未来に向かって議論している。その隣どころが現場において、「忖度」という単語の元、自ら命を絶つ程のことが起こっている。有権者よ、人の命が絶たれても、将来につけを回して作った銭に頭を下げるか。極僅かな人生を基準として、うごめく若者に釘を刺し切り捨てるか。小生も同様である。自らの無能を恥じ、若者の新しい社会にエールを送ろうでは無いか。しかしそこに言いたいことがある。小生の首を欠き切ってみよ!逆下克上を受けるが宜しい。応援する。そう言えないベテランは退場の季節である。世界の流れだ